■日本人の民族性とサッカー

 いまだにくすぶっているUAE戦の“誤審”問題ですが、この事件で痛感させられたのは、これだけ多くの日本人選手が欧州でプレーするようになったのに、日本はいまだサッカー後進地域なんだなということです。

誰の目から見ても明らかな浅野選手のゴールが、カタール人審判団によって認められなかったわけですが、あれと同じことがアルゼンチンやイタリア・スペインのようなサッカー先進国で起こったら、「自分たちの代表チームの出来が悪かったんだから、ゴールが取り消されて負けても仕方ない」なんてことを言う国民がいるとは思えません。

むしろ、99%の国民があれを見て激怒するでしょうし、「大事なW杯予選で、ゴールと勝ち点をアンフェアなレフェリーに盗まれた!!」と、国中を巻き込んだ大スキャンダルになるんじゃないでしょうか。

1966年W杯決勝戦のイングランドによる疑惑のゴールを、「あれはゴールなんかじゃない。自分たちはW杯優勝を1回奪われた」と、いまだに言い続けているドイツ人がいると聞きますからね。

 日本人と世界の他の人々との、このリアクションの大きな違いはどこから来るのかというと、日本人の異常すぎるほど高い
「規範順守意識」のせいだと思います。

この場合の「規範」には、憲法やサッカー競技規則などのルールであったり、国連や国際サッカー連盟(FIFA)アジアサッカー連盟(AFC)といった国際機関、あるいは有名な学者先生やテレビニュースの解説者の考え、新聞の社説、ハウツー本や必勝マニュアルのたぐいも含まれます。

日本人はこういう「規範」は絶対に正しいのだから、それが間違っているなんてことを疑っちゃいけないし、ちゃんと守らなければいけないという意識を非常に強く持っているように見えます。

つまり、日本人は「判断基準」を自分の頭の外へ置き、さまざまなルールなりFIFAやAFCのような国際機関が送り込んできたレフェリーなりに、善悪・正誤の判断を全面的にゆだねてしまう傾向があるのではないでしょうか。

しかし多くの外国人は逆で、それが正しいかどうかは別として「善悪・正誤の判断基準」をあくまでも自分の頭の中に置いているように思えます。

もしかしたら日本人では少数派なのかもしれませんが、私もそうです。

私がサッカーの試合を見るときは、もちろん日本代表を応援していますが、第三国から派遣されて両チームを公平に裁く審判のように、一歩引いて冷静にゲームを目で追っているもう1人の自分がいます。

応援しているからといって全面的に感情移入してしまうと、
「日本のサッカーは世界一イイィ」みたいな盲目的な信者になってしまい、このブログでいつもやっているように、日本代表の選手やチーム全体の良かったところ・悪かったところを客観的に評価するなんてことは不可能になるからです。

実は日本代表の試合だけでなく、日本がからまない国際Aマッチやクラブレベルなら欧州四大リーグ・CLの試合などを見るときも、自分が第三国の審判として試合を裁くように公平かつ客観的に見るということを、これまで20年以上にわたり続けることで、自分の「サッカーを見る目」を養ってきたつもりです。

そのような作業をしながら試合を見ていくと、レフェリーが笛を吹く前に、「今のはオフェンス側のファールだな」とまず自分が判断し、実際にレフェリーがそのように判定して、「やっぱりな」と納得できる回数がだんだんと増えてきます。

この場合のレフェリーとは、W杯や欧州四大リーグ、CLなどで笛を吹いているレフェリーたち(私の場合UEFA所属の国際審判が多め)で、そういう試合の見方をすることで、どういう場合にファールになるのかといった、彼らの判定基準が知らず知らずのうちに身についていくというわけです。

(ちなみに、サッカーを良く知らない素人アナウンサーはこれで区別できます。 「惜しい! 岡崎のオフサイドです。失礼しましたハンドを取られたようです。 日本のスローインからゲーム再開です。失礼しましたFKで再開のようですね」 このように、レフェリーがなぜ笛を吹いたのか、その理由を間違えて実況してばかりいるアナは、普段サッカーをあまり見ていない素人とみて間違いありません)

 ロシアW杯アジア最終予選の初戦、日本対UAE戦も私はそうやって観戦していました。

しかしキックオフ直後から、

「今のが日本のファール?」

「また日本のファールになった。UAEの選手が倒れれば、何でもかんでも日本のファールといった感じだ」

「本田のゴールで日本が先制。でもカタール人審判のUAEびいきが、だんだん露骨になってきたぞ」

「日本のゴール直前で、UAEの選手が下半身のバランスを自分で崩して倒れ、そのあとに吉田の手が相手に触れているのに、日本のファールになったのは理解できない! UAEが同点に追いついた」

「大島のPKは取られても文句はいえない。レフェリーがUAEを勝たせたくて仕方ないように見えるのに、飛んで火にいる夏の虫だ」

「宇佐美がドリブルでペナへ侵入し、UAEの選手が両手で宇佐美を突き飛ばして防いだ。 前半、酒井宏が相手を手で押してイエローもらっているのだから、判定基準が同じならどうしてPKにならない?」

「相変わらず、微妙な判定の大半が日本のファールになっている。ハリル監督がテクニカルエリアから出て抗議しているが、怒るのも当然だ」

「浅野のシュートは完全にゴールの中に入っている! なのにこのカタール人主審はどうして副審に確認を取ろうともしないんだ!! 何があっても日本のゴールは絶対に認めないといわんばかりのレフェリングだ」

「試合終了。 この試合は始めからUAEが日本に勝つというシナリオが決まっていて、カタール人審判団がそのシナリオに沿って試合を演出していったように見える。 もしそうならイカサマじゃないか!!」

私が問題にしているのは、浅野選手のゴールを見間違えたかどうかみたいな単発の“誤審”ではなく、キックオフから試合終了に至るまでの、あのカタール人主審の不自然なジャッジの積み重ね、一連の流れです。

皆さんも第三国から派遣された中立のレフェリーになったつもりでUAE戦のビデオをもう一度見直してみると、今まで見えなかったものが見えてくるかもしれません。

 あの試合のあと、「自分たちが負けた原因を審判のせいにするのはみっともない」などといった、チープな正義感を振り回す日本人が少なくなかったのには深く失望させられましたが、そういう人は「サッカーを見る目を持たない人たち」だと思います。

冒頭で指摘した「善悪・正誤の判断基準」を自分の頭の外へ置き、AFCという「公平中立な国際機関」が派遣してきた審判団が過ちをおかすわけがないと思考停止して、自分の頭で判断することを放棄した人たち、「絶対に正しい審判様」に「今の判定はどうですか? どうですか?」とお伺いをたてるという発想しかできない人たちなのでしょう。

今FIFAは、前会長からアジア・アフリカ・北中米カリブ・欧州・南米各大陸選出の幹部たちによる汚職でボロボロの状態です。

2010~11年にかけて韓国・中国の国内リーグで審判買収などの八百長事件が発覚していますし、ナイジェリア国内リーグで79対0という疑惑の試合もありました。イタリアでも2005年あたりからカルチョポリと呼ばれる大スキャンダルも起こっています。

大変残念なことに、サッカーの世界において八百長試合は現実に存在するのです。

あのUAE戦が八百長試合だったという確証はありませんが、この世界に八百長試合は絶対にないと決めつけるのは間違いですし、FIFAやAFCを「公平中立な国際機関」と思い込むのもナイーブすぎます。

日本人にとってルールとは「絶対に守るべきもの」のようですが、多くの外国人にとっては「自分にとって有利なものは利用し、不利なものは要領よく生きるために抜け道を探すもの」であり、国連やFIFA・AFCのような国際機関は、「自分たちにとってなるべく有利になるように動かすもの」です。

国連で自分たちに不利な決定が下されそうになると、中国もアメリカも拒否権を使って全力でつぶしにかかりますし、ホンダがF1でタイトルを取りまくると、突然「ターボ禁止」というルールができたり、日本人が冬季五輪のジャンプ競技で金メダルを取りまくると、「スキー板の長さは選手の身長に比例させなければならない」というルールができるのもそのせいだと思います。(飛距離を長くするためには板の面積が広い方が有利だが、このルールは欧米人に比べて身長が低い日本人にとって不利)

国際機関をいかに自分たちにとって有利なように動かすか、そのためには機知やウイットのような知恵(インテリジェンス)が絶対に必要となりますが、ただ単に他人がつくったルールを守るだけなら、そのルールを丸暗記する知識(インフォメーション)があれば事足ります。

知恵と知識の区別がつかず、インフォメーションは沢山もっているが、インテリジェンスのない多くの日本人は、国際社会でいつも損させられるだけです。

外国人が自分たちにとって有利になるように国際社会で「言葉の戦争」を繰り広げているのに、多くの日本人は、国際機関で開かれる会議に出席して、そこでの議論を律儀にメモして日本に帰ってきて、「今回の会議ではこんなことが決まりました」と言うだけ、そんな話を耳にします。

「国際会議における有能な議長とは、会議が終わるまでしゃべりまくるインド人をだまらせ、会議中だまりこくっている日本人をしゃべらせる人だ」という、我々日本人にとっては全然笑えないジョークさえあるぐらいです。

そういうことを繰り返していると、「日本人は自分で物事が判断できない、頭がカラッポで能力の低い人たち」と多くの外国人から誤解され、ナメられてしまいかねません。

サッカーは、競技規則の知識を誰よりも持っていれば勝てるというものではありません。実際のプレーで相手に勝つには「知恵」が必要なのです。

サッカーに限らず、スポーツは「だましあい」の側面があります。

右を抜くと見せかけて相手の左をドリブルで抜くとか、パスとみせかけてGKをあざむいてからミドルシュートを打ってゴールを奪うといったプレーは、相手をだますことで成立しています。それが「機知」であったり「知恵」と呼ばれるものです。ブラジル人が口を酸っぱくして言う「マリーシア」です。

ルールや倫理道徳のような「規範」からすれば、人をだますことはいけないことですが、スポーツでは人をだますことが上手くないと相手に勝つことはできません。

「スポーツは常に正々堂々と戦わないといけない。人をだますことはいけないことだ」と信じて疑わない民族が、サッカーをやったらどうなるでしょうか?

 「ルールを守るだけで自分の頭では判断しない日本人」で思い出すのが、かつての日本代表監督だったフィリップ・トルシエの言葉です。

「車が来なくても、横断歩道の信号が赤だったら日本人は渡らない。こういうところから直していかないと日本のサッカーは強くならない」

こんな内容の話だったと記憶しています。

たとえば、日本人と外国人がマラソン競争をしていて、車がこないのに信号が赤なので律儀に日本人が立ち止まっていれば、自分の判断で横断歩道を渡り日本人を追い抜いた多くの外国人は、それを見て「日本人はマヌケ」と思うでしょう。

一方、信号が赤なのに横断歩道を渡って車にひかれたら、それも「マヌケ」です。

何が言いたいかというと、実生活で信号無視を奨励しているわけではなくて、つねに自分の頭で考えて行動しろということです。

日本人はあまりにも「規範」(ルールやマニュアル)を神聖視して、それを何の疑いもなく守ろうとするので、下手をすると、信号機が途中で壊れて5分間赤になりっぱなしなのに、「おかしいな、おかしいな」と思いつつ、車の来ない横断歩道の前でずっと立ち止まっていたなんてことが起こりかねません。

スペインのクラブでジュニア世代を教えている日本人の話ですが、日本のジュニアチームがスペインに遠征してきて、彼のチームと線審を置かずに主審一人だけのミニゲームをやることになったそうです。

で、日本の子供がドリブルをしていてボールがタッチラインを割ってしまうと、ベンチで見ていた他の日本の子供たちが「出た、出た」といって主審に正直に自己申告をしたそうなのですが、「スペインの子供ならこれはありえない。もしそんなことをやれば、お前は敵チームを勝たせるために送り込まれたスパイか?とチームメイトから怒られる。こういうところからすでにスペインと日本のサッカー選手との差がついていくのではないか?」みたいな内容の話だったと思います。

ボールが出たのに「出ない」と言えばウソになりますが、主審が出たのを見逃して味方の選手がだまっていても、それは見逃した主審の責任です。 それを同じチームの選手がわざわざ「出た、出た」と正直に申告するのは、倫理道徳的には正しいことかもしれませんが、サッカーの世界では知恵が無いということになります。

日本代表に「ドーハの悲劇」を知らない世代が選ばれるようになってビックリなんですが、1994年アメリカW杯アジア最終予選の最後の試合、日本対イラク戦はロスタイムまであと3分、日本が2-1でそのまま勝てば、W杯初出場決定という状況でした。

リードが1点だろうが2点だろうが3点だろうが変わらない、勝てばアメリカに行けるという状況で、「マイボールになったら絶対に攻めなければいけない」とばかりに、クソまじめにリスクを冒してイラクゴールへ攻め込み、相手にボールを奪われてコーナーキックから同点にされたんですよね。

そこから日本サッカーは大きく進歩したと思っていたんですが...。

 不自然な“誤審”が続出したUAE戦のあと、ろくに試合の中身を見ずに、「自分たちが負けた原因を審判のせいにするのはみっともない」などと言って、中学2年生みたいなナイーブな正義感を振り回す人がかなりいて、日本はまだまだサッカー後進国なんだなと失望させられました。

そういう人は、信号が壊れて赤になったまま5分以上たっているのに、何の疑いもなく横断歩道の前で立ち止まっているような人たちのように思えます。

元日本代表監督のイビチャ・オシムは「サッカーは人生の大学」と言っていましたが、そういう人は「人生の大学」の入学試験で、一次の点数が足りなくて、二次試験は門前払いでしょうね。

 次回は、どうしたらアジアのサッカーから「八百長試合」をなくしていけるのか、について考えてみたいと思います。



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当ブログ過去記事・世紀の“大誤審”

当ブログ関連記事・八百長試合のつくりかた



  

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