■なぜパスサッカーなのか?(その2)

 サッカーの世界史は、パスサッカーという「強者の戦略」が
勝利してきた歴史であり、日本も長期的なビジョンを持って選手個々の能力やチームの組織力を高め、自分たちの長所や特長を生かしたパスサッカーであくまでも強者を目指すべきだというお話を前回しました。

 ところが、ザックジャパンがブラジルで敗退して以降、「試合内容なんてどうだっていい。勝てばいいんだ、勝てば」という“勝利至上主義”が、日本サッカー界にじわじわと広がり始めているようにも見え、大変心配しています。

勝利至上主義という悪魔の甘いささやきは、カウンターサッカーという戦術にとても結びつきやすいんですが、セリエAが衰退したのもそれが大きな原因の一つだと考えていますし、たとえ伝統ある強豪チームであっても、悪魔のささやきに負けて自らの魂を売り渡し、長年培ってきたサッカー哲学にブレが見られるようになると、チームが低迷を始めるようなことが良くあります。

オランダ代表もその例外ではありませんでした。

2002年W杯出場を逃したオランダは、ファンバステンを代表監督に迎え、クライファート・オーフェルマルス・デブール兄弟ら輝かしい実績のあるベテラン主力選手たちをバッサリ切ります。

その代わり、チームの背骨にファンデルサール・コク・ファンニステルローイら経験のある選手を残しつつ、ロッベン・ファンペルシー・スナイデルら若手に先発のチャンスを与え、W杯の欧州予選を勝ち抜きながら、同時に若手選手にどんどん投資をして育てていったのです。

2006年ドイツW杯出場を決めたオランダは伝統の4-1-2-3によるパスサッカーで挑み、グループリーグは突破したもののベスト4にさえ残れませんでしたが、若手選手が貴重な経験を積んでたくましく成長、彼らが主力となった2010年W杯では準優勝という結果を残し、より長期的な利益を考えた強化策が実を結びました。

ところがその後がいけません。

ロッベンらの世代を引っ張りすぎて、次の世代への投資が不十分となり、2014年W杯では、ファンハール監督が5バックのカウンター戦術を採用して3位に入ったものの、「3位になった」という記録が残っただけで、将来のオランダ代表を背負って立たなければならない若手選手が、ハイレベルな対戦相手に自分たちのサッカー哲学がどこまで通用するかを試す貴重なチャンスを、さらに失ってしまいました。

クライフは、ファンハールのカウンターサッカーをこき下ろしていましたが、やはり勝利至上主義という悪魔に魂を売り払ったツケが後になって回ってくることになります。

ユーロ2016予選では、カウンターサッカーか、それとも伝統のパスサッカーに戻るべきかフラフラ迷い、若手の育成が上手くいかないのでいつまでたってもチームの主力を担うべき中堅選手が手薄で、ロッベンやファンペルシーらベテラン世代に依然として頼り続ける反面、十代の選手を代表デビューさせないといけなくなるなど、世代交代も含めたチームの強化戦略が最後までチグハグで、とうとうプレーオフにも進出できず敗退してしまいます。

勝利至上主義と結びついたカウンターサッカーは、「試合に勝った」という記録こそ残りますが、それ以外に得られるものは思ったほど少なく、持続的な成功が望めないという意味で、長い目で見ればプラス面よりもマイナス面の方が大きいという教訓を、こうした実例が我々に教えてくれているのではないでしょうか。

イビチャ・オシム元日本代表監督も、「国際大会に負けて、多くの優秀な選手をA代表に送り込むユースチームもあれば、国際大会で勝って、A代表に選手をろくに送り込めなかったチームもある。そのどちらが良いのか?」みたいなことを言っていましたね。

もちろんどんな大会でも勝利を目指すのは当然なんですが、ジュニアユース・ユースなどの育成年代が「内容なんてどうだっていい。勝てばいいんだ」という勝利至上主義に憑りつかれ、ボールをポゼッションして失敗するのが怖いからと、ロングボールを前へポンポン放り込むようなレベルの低いサッカーをやってしまうと、何十年もの将来にわたって日本サッカー界に大きな災いをもたらすことになりかねません。

育成年代の国際大会における勝敗が、大人の選手になってからの成功・失敗に、必ずしも反映されるわけではありません。

五輪代表(U-23)が育成年代に含まれるかは微妙なところですが、日本サッカー界は選手が大人になるのに世界から5歳遅れているというのが当研究所の持論なので、あえて取り上げます。

2012年ロンドン五輪では、カウンターサッカーの関塚ジャパンが、ポゼッションサッカーのスペイン五輪代表に勝ったわけですが、両チームの主力選手はその後、どういう風に成長していったでしょうか。

関塚ジャパンの中心選手が今どこでプレーしているかと言えば、ハノーファーでプレーしている清武・酒井宏が最も成功した選手たちであり、“大躍進”の立役者だった永井・大津の両選手は海外クラブから出戻ってきて、それぞれ名古屋と柏でプレーしています。

逆にスペイン五輪代表の当時の主力は、デ・ヘア(マンチェスターU)、ジョルディ・アルバ(FCバルセロナ)、ハビ・マルティネス(バイエルン)、イスコ(レアルマドリード)、マタ(マンチェスターU)などとなっています。

さて、ロンドン五輪でベスト4に進出した関塚ジャパンは、純粋に育成チームとして成功したと言えるのでしょうか?

スペイン五輪代表は関塚ジャパンのカウンターサッカーに屈したわけですが、試合に勝ったからといって関塚ジャパンの選手たちが、スペイン五輪代表の選手たちよりも個の能力で上回ったというわけではなさそうです。

関塚ジャパンがスペイン相手にカウンター戦術を採用したのはやむを得なかったとは思いますが、モロッコやホンジュラスといった日本と互角かそれ以下の相手にもカウンターサッカー一辺倒で行ってしまい、先行逃げ切りが唯一の勝利パターンで、相手にリードされると自陣に引いた相手をまったく崩せないので、そこでジ・エンドというチームでした。

そのチームがどういうサッカー戦術を採用しているかで、どういうタイプの選手が数多く育ってくるかに大きく影響してきますが、ポゼッションサッカーをやることで、敵に囲まれた狭いスペースでもボールを失わない高い技術を持った選手が多く育つことはあっても、カウンターサッカーではそうはいきません。

カウンターサッカーというのは、「試合に勝った」という記録は残りますが、それ以外に得られるレガシー(遺産)はそれほど多くはないのです。

カウンターサッカーと結びつきやすい勝利至上主義が、悪魔の甘いささやきだという意味はそういうことであり、A代表にどういうタイプの選手を送り込むべきか一貫した戦略をもち、そうした長期的な視野に立って強化に取り組むべき育成年代に勝利至上主義がはびこれば、長い目で見て損をするのはその国のサッカー界です。

もちろんA代表だって、「効率が良いから」などといった安直な理由でカウンターサッカー一辺倒になれば、いつか手痛いしっぺがえしを食らうことになるでしょう。

「じゃあ、ポゼッション志向の強かった日本のユース・ジュニアユース代表が、アジア予選で敗退を続けているがそれでも良いのか?」と問われそうですが、彼らの敗因は何と言っても「センターバックを中心に守備時の一対一が弱すぎた」ということにつきると思います。

ポゼッション(パス)サッカーのチームだろうがカウンターサッカーのチームだろうが、センターバックを中心とした守備力が弱ければ、失点して試合に負ける可能性が高まるのは当たり前。

育成年代の日本代表チームは、ボールをポゼッションして中盤で攻撃を組み立てるところまでは悪くないのですが、相手のDFラインを崩してゴールを奪う「攻撃の最終ステージ」における戦術や個人技能に改善すべき点があることが多く、それが原因で相手を攻めあぐね、なかなかゴールを奪えないでいるうちに、カウンターを仕掛けてきた相手のFWに対し、人数は足りているんだけれどもこちらのDFが一対一で負けて失点したり、日本のゴール前へ単純なクロスを入れられて、空中戦の一対一に負けてヘディングシュートを食らってというのが、典型的な負けパターンだと思います。

私はバルサのパスサッカーを支持していますが、盲目的に崇拝しているわけではありません。

バルサ・ファミリーの中には、「パスは何十本でもつながればつながるほど良い。ボールをこちらでポゼッションしていれば、相手に攻められることはないのだから」と主張する人がいましたし、その考えをさらに発展させ、それ以外の能力を切り捨ててボールポゼッションのみに純化したチームづくりをしたのが、フィールドプレーヤー10人全員がパサーだったU-17吉武ジャパンだったのでしょうが、私はこうした極端すぎる考え方を支持しません。

なぜなら、いくら能力を極めてもボール保持率を100%にすることはまず不可能でしょうし、たとえ回数が少なくても相手に攻めこまれれば、こちらのバックと相手FWが一対一になったり、自分のゴール前に入ってきたクロスボールを空中で競り合わなければならないような場面が必ず出てくるからです。

そこで、足元のパス能力を最優先にして、フィジカルコンタクトや空中戦に弱いDFばかりをそろえたチームは、自分のゴール前でたった一回でも空中戦に競り負けて相手からヘディングシュートを食らえば、それが決勝点になってしまうこともあり得ます。

先ほども言ったように、日本のユース・ジュニアユース代表がアジア予選で負ける典型的パターンがこれです。

だからA代表も含め、センターバックは専門職であり、身長は最低でも185㎝以上あってフィジカルコンタクトに強い選手が絶対必要だから、日本サッカー界は総力をあげて「センターバックのスペシャリスト」の育成に力をいれろと、口を酸っぱくして言い続けているのです。

もしそういう選手がいれば、ゴール前の空中戦で簡単に競り負けて失点するようなことはなくなりますし、カウンター攻撃から一対一の局面をつくられても、個人技のある相手のドリブラーをフィジカルの強さを生かしてガチッと体を当ててボールを奪い、ピンチを防ぐといったようなことも可能になります、

吉武ジャパンもあんな極端なことをせず、ブスケツやピケ・マスケラーノの役目を果たす選手を置いて、相手のDFラインを崩してゴールを奪う「攻撃の最終ステージ」のプレーを改善すれば、もっと良い成績をあげられたのではないでしょうか。

日本のユース年代がアジア予選で敗退が続いているのは、このようなことが原因であり、パスサッカーという戦術そのものに欠陥があったわけではありません。

U-23代表も含め育成年代で最も重要なことは、クラブや代表チームにおいて、自分たちのサッカー哲学に基づいた、選手個々の能力アップやチームの組織づくりが普段から継続的にできているかどうかであって、五輪やユースW杯のような国際大会はその達成度をはかるチェックの機会と考えるべきでしょう。

たとえ負けたとしても、そこでの失敗や挫折は選手一人ひとりにとって一生の財産となります。

逆にそこでの勝ち負けに一喜一憂して、「世界大会に出るためには内容なんてどうだっていい。勝てばいいんだ。勝てば」という勝利至上主義に陥ってしまえば、日本のサッカー界に、今後何十年にもわたって負の遺産を残すことになりかねません。

どんな分野であっても成功したいなら、失敗から学ぶ、トライ&エラーという作業の連続から逃れることはできません。毎日少しづつ失敗していくか、後でまとめて大きい失敗をドカンとするかの違いだけです。

日本人サッカー選手の、人生最初にして最大の失敗がA代表のW杯だったということが、最悪の失敗なのです。

 サッカーはただ勝てばいいというスポーツではないと思います。

その国その民族ごとに「こうやって勝つと気持ちがいい」というサッカースタイル=アイデンティティがあり、「俺たちのやり方が世界一だ」と信じる32の代表が集まるのがワールドカップという世界最大の祭典です。

1990年代初めまで、アジアという世界の三流の、そのまた二流だった日本サッカー。

それまで南米選手の個の能力の髙さばかりに目を奪われてきた日本サッカー界に、オランダ出身のオフト監督が「トライアングル」「スモールフィールド」といったキーワードを使いながら組織的なパスサッカーを導入したことで、日本代表は一気にアジアトップレベルまで追いつき、92年にアジアカップ初優勝、翌年のアジア予選ではW杯出場まであと数秒というところまで迫りました。

その後も、名波・中田英・小野・中村俊から本田・香川まで、日本のパスサッカーを支える優れた“トップ下”を続々と生み出してきたのです。

これが日本サッカーのストロングポイントであり、多くの日本人が好むサッカースタイル=アイデンティティだったのではないでしょうか。

これに対してハリルジャパンは、中盤を省略したロングボールを多用するカウンターサッカーをやることが多くなっていますが、それはアジアで初めての試みというわけではありません。

私が知る限り、サウジアラビアやイランのようないわゆる中東勢が、1980年代の昔から今に至るまでずっとやってきたスタイルです。

じゃあサウジやイランのような中東勢は、W杯のような世界レベルの大会で、近年まで大成功を収めてきたと言えるでしょうか? そんな実例はありません。

むしろパスサッカーを得意とする日本に押され気味となったアジア各国が、これまでの単純なカウンターサッカーを反省し、技術の高い選手を育成してパスサッカーを取り入れようという動きも見せ始めている状況で、もうすでに失敗したことがわかっている、ロングボールを前線にひたすら放り込むフィジカル頼みのカウンターサッカーを、これから日本が始めようというのであれば、こんな愚かなことはありません。

必ずや「日本サッカー100年の計」を誤ることなります。

だいたい、アジア各国の代表チームに日本代表が圧倒的に攻められて、日本はずっと我慢しながら数少ない勝機をカウンター攻撃に託すなんて試合、あなたは見たいと思いますか?

それは日本サッカー界が、選手の育成やチームづくりの戦略に失敗したということを意味しており、私が絶対に目にしたくない光景です。

クラブで数々のトロフィーを掲げてきたメッシが、代表チームにたった一つの優勝タイトルさえもたらせないことにいらだつアルゼンチン国民もいるようですが、2014年W杯を戦ったサベーラ監督のアルゼンチン代表も、どちらかというとカウンターサッカーのチームでした。

しかし、メッシはパスサッカーをやることが大前提になっているバルサのカンテラが育成した選手で、メッシが自分の能力をフルに生かせるのも、やはりパスサッカーのチームです。

建英君やピピ君の将来がどうなるかまだ誰にもわかりませんが、彼らや我々が知らないところですくすく育っているかもしれない日本のサッカー少年たちがいずれ世界を代表するクラッキになったとき、日本代表がカウンターサッカーしかできないような状態に落ちぶれていれば、彼らの能力をフルに生かしてやれない、とても情けない状況になる可能性が高いです。

ブラジルW杯以後、強化戦略がブレ始めたように見える日本サッカー協会の技術委員会は、そこまでの長期的ビジョンに立った戦略を描けているのでしょうか?

ハリルホジッチ監督は、W杯で旋風を巻き起こしたラグビー日本代表を引き合いに出し、「最も高い理想のものを選択してトライした。これは1つの良い例です。我々も勇気と自信を持てば強豪国に勝てる」とコメントしています。

サッカーにおける最も高い理想がパスサッカーだと私は考えていますし、長期的なビジョンに立った決してブレることのない確固たるサッカー哲学を持ち、時間はかかっても勇気と自信を持ってコツコツ取り組んでいけば、日本代表も創造性あふれるスペクタクルな攻撃サッカーで世界の強豪に勝てる時代が、必ず来ると信じています。

「なぜパスサッカーを日本サッカーのメイン戦術に据えるべきなのか?」と問われたなら、それが当研究所の答えです。


つづく



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