■ポゼッションサッカー悪玉論は間違い(その2)

 前回のつづき

 サッカーの歴史をひもとけば、自分たちから主体的に攻撃を創造して勝つことを目指す「スペクタクルな攻撃サッカー」と、相手の良いところを消してミスするのを待つことで試合に勝とうとする「カウンターサッカー」という、2つの潮流があります。

前者の代表がヨハン・クライフ率いる1970年代のオランダ代表“トータルフットボール”やFCバルセロナのパスサッカーであり、後者としては“カテナチオ”で有名なエレニオ・エレーラ監督時代のインテルミラノや2004年ユーロで優勝したギリシャがあげられます。

「スペクタクルな攻撃サッカー」と「カウンターサッカー」は、これからもどちらかが完全になくなるというわけではなく、時代によりどちらかが流行したり、一つのチームがその二つを使い分けたりすることになるでしょう。

「フォアチェックからのショートカウンター」みたいに、より積極的なカウンター戦術も登場しています。

一時的な挫折はあっても、より輝かしい歴史をつくってきたのは「スペクタクルな攻撃サッカー」の方だと思いますし、私が好きなのも、相手の失敗を待つ消極的なサッカーではなくて自らのアイデアで攻撃を創造していくサッカーです。

カタルーニャ人以外でもバルサのサッカースタイルを支持するファンは大変多いですが、インテリスタ以外で今もカテナチオを賞賛し続ける人は少ないのではないでしょうか。

ユーロ2004で優勝したからといって、ギリシャのサッカースタイルが世界の主流となるようなこともありませんでした。

ドイツ・スペイン・イタリア・オランダ・イングランド・ブラジル・アルゼンチンのような世界の強豪でさえ、いつも順風満帆の歴史だったわけではありません。

どこも勝てなくて苦しい時代がありましたし、今そういう時代を迎えつつある国もあります。

バルサだって思うように結果が出ない時期があり、これまで相手チームのカウンターアタックに何十回と沈められてきたはずですが、それでも彼らは確固としたサッカー哲学を持ち続け、失敗しても失敗してもあきらめずに再び立ち上がり、「自分たちのサッカー」を改良し続け、現在までの栄光の歴史をつくりあげてきたのです。

かつてマジック・マジャールと呼ばれ、アリゴ・サッキをはじめ世界を魅了する攻撃サッカーをしていたチームがありました。

ハンガリー代表のことですが、彼らは自分たちのサッカーを継承し、改良していくことをやめざるをえなかった(ソ連軍に侵略されて起こったハンガリー動乱が原因で選手たちが海外に亡命した)ため、世界最強国としての歴史は1956年以降プッツリと途切れてしまいました。

プスカシュやヒデクチ、ホンヴェドと言われてピンときたり、聖地ウェンブリーでハンガリーがイングランドを6-3で破ったことがあることを知っている若い人は、今やほとんどいないんじゃないですか。

そうした歴史が、「継続は力なり」の重要さを我々に教えてくれます。

世界と比べて体格に劣るけれどもアジリティがあり、自分たちの技術や創意工夫で問題をコツコツ解決していくことが好きな国民性を持つ日本人には、パスサッカーで自分たちから主体的に攻撃を創造していく方があっていると思います。

現実を見れば、まだまだ日本は世界トップレベルの強豪とは言えないので、実力が上の相手と対戦するときにはカウンターサッカーをやるというふうに、状況に応じて戦術を使い分けていけばいいんじゃないでしょうか。

しかし、あくまでもベースとすべき戦術はパスサッカーです。(あえてポゼッションサッカーとは言いません)

なぜなら相手に厳しいプレスをかけられてもそれをかわして攻撃することが可能な高度なパスサッカーをやるためには、時間をかけてトレーニングしていくことが欠かせないからです。

人と人の間をグラウンダーのパスで正確に通していくサッカーをやっていたチームに、ロングボールの浮き球を使ったカウンターサッカーをやらせるのは簡単ですが、その逆は容易なことではありません。普段練習していないのにカウンターがダメだったからすぐにパスサッカーをやれというわけにはいかないのです。

カウンターサッカーをやるにしても、グラウンダーのパスを中心にするべきでしょう。

「W杯はどんなサッカーでも勝てばいいんだよ、勝てば」という代表サポもいますが、目先の利益を追いかけて、あっちへフラフラ、こっちへフラフラやっていても、日本サッカーの未来にたいしたものは残らないと思います。

ちょっと失敗しただけでうろたえて、「個の自由だ」「カウンターだ」「ポゼッションだ」「やっぱりカウンターだ」とやっていたら、日本サッカーはいつまでたっても「中途半端の根無し草」のままなんじゃないでしょうか。

ブラジルW杯は残念な結果となりましたが、受け身のサッカーではなく、リスクを取ってでも自分たちで主体的にゲームをつくり、攻撃を創造して勝利という結果をつかみたいと望んだザックジャパンの選手たちの意気込みを私は今でも評価していますし、失敗しても失敗してもこれから何度でも立ち上がって「自分たちのサッカー」を改良していくべきです。

負けていいW杯なんてありませんが、ブラジルでの失敗は日本がサッカー強国になるために必要な経験でしたし、あれは未来のための「投資」です。

問題なのは「失敗」という名の先生から教えてもらったことを、将来の成功につなげることができるかどうかです。

大会後に本田選手が「ザックジャパンで4年間やってきたことは大きな間違いだった」と言ったそうですが、それは違うと思いますよ。もちろんあのままではだめですけど。

もし悔いが残るところがあったとすれば、「大事な試合で失敗したくない」という気持ちがあまりにも強くなりすぎて、ブラジルで中途半端に守りに入ったサッカーをやってしまったことですね。

代表選手たちが本来やりたかった「自分たちのサッカー」を3試合貫き通してくれたら、たとえ悪い結果に終わったとしても、どれだけ精神的にサッパリできたことかと思いますし、もしそれができていたら現在とまったく違う未来が待っていたんじゃないでしょうか。

今メディアはハリルジャパンのカウンターサッカーをもろ手を挙げて絶賛していますが、いずれそれが相手に研究されて、日本のカウンターを防ぐために自陣深く引いてスペースを消し、
逆カウンターを狙ってくるチームが現れることでしょう。

相手が「強豪の日本からは勝ち点1取れればOK」と判断して前へ出てこなければ、ハリルジャパンが相手をワナにはめるために引いてカウンターのチャンスをうかがっても試合時間がどんどんすぎるだけで、日本は0-0のドローゲームが増えていくだけになると思います。

そういう場合は、守備ブロックをつくって自陣で構えている相手からゴールを奪う戦術が必要になります。

もちろんハリルホジッチ監督も、そうした状況におかれた場合の解決策を用意しているでしょうが、相手をティキタカで崩すパスサッカーは一つの選択肢となります。

そうした意味においても「ポゼッションサッカー悪玉論」は、的外れの主張だと指摘しておきます。

 ブラジルW杯での敗退は、4年間一生懸命努力してきたザックジャパンの選手たちにとり残酷で、精神的につらい経験になってしまったと思います。

その傷口にふれるようなことを何度も書いて申し訳なかったのですが、「自分たちのサッカーって何だったの?」という皮肉に象徴される、一生懸命やってきた人の失敗を茶化すような風潮が今のマスコミにはびこっていることが我慢ならなかったので、この記事を書かずにはいられませんでした。

というわけで、失敗してもうろたえず、何度でも立ち上がって、
これからも日本のサッカーをつくりあげていきましょう。



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