■第1回 spartakの人生を変えたチーム―1990年日本代表

 このシリーズでは、管理人spartakの人生を変えたチームとの出会いを振り返ってみたいと思います。

spartakとサッカーとの出会いは、1990年9月28日の夜7時ごろのことでした。

その日私は、「なんか面白いTVやってね~かな~」と思いながら、リモコンをバチバチと押してまして、NHK教育(うろ覚え)をつけたところ、ちょうどサッカーの試合が始まるところでした。

「ひまだし、ちょっと観てみるか」という軽い気持ちから、試合を観てみることにしました。

 その試合とは、北京アジア大会のグループリーグ戦、日本対サウジアラビアでした。

TVの解説者やアナウンサーによれば、「ブラジルでプロ選手として活躍し、日本に帰ってきた三浦という選手が期待できる」とか言っていて、サッカーをまるで知らなかった当時のspartakも、ブラジルはサッカーが強いことだけは知っていたので、期待する事にしました。

その他のスタメン表をみると、なんとラモスとかいうブラジル人まで帰化させているではありませんか!

「サウジのサッカーなんて聞いたこと無いし、三浦選手に加えてブラジル人まで帰化させるなんて手を使って、これで日本が勝てなかったらウソだ。」とサッカーをまるで知らなかった当時の私は、本気でそう思っていたのです。

 ところがいざ試合が始まってみると、素人でもわかりました。サウジの方が強いということが。

サウジの選手のプレスにはねとばされて、日本の選手はボールがまったくキープできません。しかもパスが弱く不正確で、ぜんぜんボールがつながりません。

サウジの選手のスピードとテクニックに日本の守備陣がほんろうされるばかりとなり、結局0-2の完敗でした。

 私は「うわ~日本って、弱っ!!」と思いつつも、「こうなったら、サッカー日本代表を応援しなくては!」と強く決意?したのです。

これが私とサッカーとの出会い、私をサッカーにのめり込ませるきっかけでして、1990年の日本代表が私の人生を変えた最初のチームとなりました。

1990.9.28 北京

日本0-2サウジアラビア

日本のスタメン 

GK森下 堀池 信藤 井原 佐々木 柱谷哲 長谷川健 福田 ラモス 三浦 武田

監督 横山 

 その後1勝1敗の2位でグループリーグを突破したものの、決勝トーナメント1回戦のイラン戦に0-1で敗れ、日本は敗退となりました。

この結果は新聞で知りました。そのころは日本代表の試合でさえTV中継が少なく、全試合中継がある今となっては考えられません。

そういえばこの時の日本代表ユニホームは、(シャツ・パンツ・ソックスの順で)1stが赤・赤・赤、2ndが青・青・青でした。
これもなつかしいですね(笑)
  

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