■フットボールとは?

 今シーズンのチャンピオンズリーグ決勝はFCバルセロナの圧勝に終わりましたが、みなさんはどうご覧になられたでしょうか。

思いのほか一方的な展開となりましたね。バルサ有利にしても、もっとマンチェスターUが抵抗するかと思っていたのですが。

バルサのパスサッカーは、組織力の高さと個の能力の高さが理想的な形で調和した「美しくて、しかも強いサッカー」であると言えるでしょう。

これまで「美しいスペクタクルなサッカー」と「勝負に勝つサッカー」は両立しないと言われることもしばしばでしたが、人があきらめてしまうような困難なことにあえて挑戦し続け、ついにそれを成し遂げたFCバルセロナ関係者の皆さんの熱い情熱とたゆまぬ努力には、深い敬意を抱かざるを得ません。

バルサはここ3年でチャンピオンズリーグ優勝2回、クラブだけでなく代表レベルでもスペイン代表がユーロ2008・2010W杯を連続優勝していますから、「太陽の沈まぬ国」バルサとスペイン代表の時代はいつまで続くのかと思ってしまいます。

 さて、FCバルセロナに自らのサッカー哲学を植えつけ、数十年かけてバルサの現在の地位を築き上げたのは、言わずと知れたヨハン・クライフです。

そのクライフのインタビュー記事が、サッカーマガジン2月1日号に掲載されていたのですが、彼はバルサのサッカーについてこんなことを言っていました。

「(バルサでは)ボールを持つ選手の重要度が最も低い。他の選手は常に動いてボールを受ける位置にポジションを取る。周囲の選手は皆フリーでボールを受け、ボールを持つ選手はほとんど動かずに済む」

「ボールを持つ選手の重要度が最も低い」とは、現代サッカー戦術に大きな影響を与えた先駆者の一人であり、組織的なパスサッカーの「ファンダメンタリスト」である彼らしい過激な発言ですが、日本の多くの人は逆に「サッカーはボールを持っている選手が一番重要ではないの?」と思われるかもしれません。

 ところで、クライフがプレーしリヌス・ミケルス監督に率いられた1970年代前半のアヤックスやオランダ代表は、プレッシング・コンパクトな布陣・オフサイドトラップ・ポジションチェンジといった戦術を駆使し、しばしば「現代サッカー戦術のルーツ」と言われることがありますが、それは正確ではありません。

実は東欧に現代サッカー戦術のルーツがあると言われています。

当研究所所長のハンドルネーム「スパルタク」からもお分かりのように、私も東欧のサッカーは嫌いじゃありません。

しかし地理的にも心理的にも日本のサッカー界から東欧は果てしなく遠いようです。

日本語版wikiが無いことがいかにも日本との距離を感じてしまいますが、「現代サッカー戦術の祖」「トータルフットボールの創始者」と言われているのが、ソ連、そしてウクライナの名門ディナモ・キエフ監督だったヴィクトル・マスロフという日本ではほとんど無名の人物です。

ゾーンで守る4-2-4システムで1958年W杯に優勝したブラジル代表の戦術を参考に、4-4-2という現代で最もポピュラーになっているシステムを考案した先駆者が彼です。

そして彼の最も偉大な発明の一つが、今や日本のJ2クラブでも当り前になっているプレッシング戦術でした。

守備にプレッシングが導入される前と後では、世界のサッカースタイルがガラリと変わったと言われています。

1964年にディナモ・キエフの監督に就任したマスロフは、当時としては革新的なサッカーをひっさげ66年からソ連リーグ3連覇を成し遂げ、ディナモ・キエフを一気に常勝軍団へと変貌させました。

このマスロフのサッカーを発展させたのが、1974年から長くディナモ・キエフの監督をつとめ、「ドイツの皇帝」ベッケンバウアーをして「生まれながらにしての名将」と言わしめた、ヴァレリー・ロバノフスキーです。

私は、かろうじてロバノフスキーが現役の監督時代(ディナモ・キエフがチャンピオンズリーグでベスト4に入った98/99シーズン)に間に合って、リアルタイムで試合を見ることができましたが、彼はベンチに座って前後にゆっくりと体をゆする癖があり、うつむき加減になると白いブラシのようなフサフサの眉毛が邪魔をして目を開いているのかよく見えなくなるので、ナイトゲームの時なぞは「夜遅いから、このおじいちゃんもう寝ているんじゃなかろうか」と何度も思ったものですが、このおじいちゃんがただものではありません。

ロバノフスキーが偉大だったのは「ボールを持っていない選手は、持っている選手と同様に重要である」ということに気づいたからであり、さらに彼はこう言っています。

「フットボールとは11人の個がすべてではなく、11人がつくりあげるダイナミックなシステムである」

11人が連携してつくりだすコンパクトな布陣によって相手が使えるスペースをコントロールし、プレッシングからボールを奪うと、ポリバレントな能力を持つ選手たちがポジションチェンジを織り交ぜながら、パスワークで攻撃していく。

73年にロバノフスキーがディナモ・キエフの監督に就任すると、74・75年とソ連リーグ連覇、75年にUEFAカップウイナーズカップに優勝し、同年の欧州スーパーカップではベッケンバウアーやゲルト・ミュラー擁するバイエルン・ミュンヘンを破っています。

70年代の前半、ベルリンの壁をはさんで西側にミケルス監督が率いクライフがプレーしたアヤックスやオランダ代表、東側にはロバノフスキー監督のディナモ・キエフと、現代サッカー戦術の先駆者と言うべき二つのチームが存在していました。

88年の欧州選手権決勝では、ロバノフスキー率いるソ連代表とミケルス率いるオランダ代表が激突しています。ファンバステンのミラクルボレーにソ連代表は沈められてしまいましたが、この2人の監督の対決には因縁を感じます。

(ミケルスの「トータルフットボール」は、ウィーンのスタジアムにその名を残すエルンスト・ハッペル監督率いるフェイエノールトのサッカーに影響を受けたようです。永世中立国オーストリアの首都ウィーンは当時、共産主義のベールに隠された東側諸国への限られた窓口となっていました。ハッペルがマスロフのサッカーから影響を受けたのかは定かではありませんが、実際どうなのか興味深いところです)

「フットボールとは11人がつくりあげるダイナミックなシステムである」と考えるロバノフスキーは「ボールを持っていない選手は、持っている選手と同様に重要である」と言い、クライフはさらに一歩踏みこんで「ボールを持つ選手の重要度が最も低い」と言う。

彼らのサッカー観というのは、日本のそれとは正反対ではないでしょうか。

南米サッカーの影響が強い日本では、サッカーをやる方も見る方も「ボールを持つ選手が一番重要」、もっと言えば「ボールを持つ10番をつけた『ファンタジスタ』が何をするかが一番重要」というサッカー観が多数派を占めていたと思います。

日本のマスコミも、10番タイプの選手がボールを持って長時間ドリブルすればするほど「圧倒的な存在感」と持ち上げます。

やる方も見る方も、シンプルにパスをはたくと逆に何か物足りないと感じたり、「それでは他の選手と違いが出ない」と不安になったりするのではないでしょうか。

「ボールを持つ選手の技術さえ高ければすべてが解決される」と考える傾向も強く、「個の能力で劣勢なのをチーム組織でカバーする事は不可能」と言われ、サッカーの勝敗の原因もしばしば選手個々だけに求められがちでした。

ボールを持たない選手に注意が払われたとしても1人か2人ぐらい。

日本ではせいぜい「第3の動き」が言われるぐらいで、11人全員が一つのチームとしてある目的のためにピッチ上で連携して動くということは、あまり重視されてきませんでした。

少なくとも2010年W杯の直前までは。

そうしたサッカー観は「使う、使われる」という言葉に象徴的にあらわされています。

私はこの言葉が好きではありませんが、「使う選手」つまりボールを持っていてパスを出す選手の方がエラくて、パスを受ける選手は地位が低い「使いっパシリ」であるかのような語感があります。

ロバノフスキーやクライフの思想とは逆です。

そのせいでしょうか、日本サッカーの特徴として良いパサーはたくさん出てくるけれども、パスを受けてゴールを決めるストライカーがなかなか出てきませんでした。

「ボールを持つ選手が一番重要」というサッカー観が日本代表に一番強く反映されていたのが、「個の自由」が流行語となっていたジーコジャパン時代です。

ジーコジャパンは、ボールを持つ選手が次に何をするか周囲の味方が足を止めて見ているという、ほとんどの局面でボールを出す人と受ける人の2人だけしかサッカーをしていませんでした。

陣形もだら~んと間延びしていて、守備も個々の能力頼み。

そのジーコジャパンは06年ドイツW杯において3試合で7失点を喫し、壊滅的な打撃を受けて敗退します。

過去記事を見てもらえばわかりますが、欧州サッカーからこの世界に足を踏み入れた私は、「陣形をコンパクトにしろ、グラウンダーでパスが受けられるスペースへみんなが顔出ししろ」と悲痛な叫びを繰り返していましたが、少数派である当ブログの声はとうとう最後まで届きませんでした。

オシム氏が倒れた後を引き継いだ岡田ジャパンも、基本的には「ボールを持つ選手が一番重要」というサッカーから脱却しきれなかったように思います。

皮肉にも中村俊輔選手がコンディションを崩し、4-1-4-1でブロックをつくる堅守速攻型サッカーへの転換をはからざるを得なくなったことで「日本の常識は、サッカー先進地・欧州の非常識」だった状況が変わり、南アフリカで勝利という結果となってあられたわけです。

日本人選手の評価もぐっと上がり、ドイツ・イタリア・オランダ・スペインへと続々と進出しています。

そして今、クライフのサッカーを参考にするためにかつてバルセロナに通った、ザッケローニ氏が日本代表の監督を務めています。

 サッカーは見る人が見たいように見れば良いですし、「サッカーを見る時こういうことに気をつけろ」なんて説教がましいことを言うつもりはありません。

もちろん、ボールを持つ選手の動きに焦点を合わせてそれを楽しむのも十分アリだと思いますし、私もそういう見方をする時はあります。

しかしロバノフスキーの言葉を借りれば、「11人がつくりあげるダイナミックなシステム」であるチーム全体の動き(チーム戦術)にも、私は美しさを感じます。

例えばFCバルセロナやスペイン代表の流れるようなパスワークは本当に美しくて強い。

かつてのディナモ・キエフやポーランド代表のコレクティブなカウンターアタック、あるいはフィールドプレーヤ10人が一糸乱れぬ動きで鉄壁のゾーンディフェンスを形成している時も美を感じます。

サッカーの試合を見る時、あえてボールホルダーへの焦点をぼかしてチーム陣形全体を見る時間をつくると、「まったく別の景色」が見えてきます。

もしかしたら、私のような感じ方をするのは日本では少数派なのかもしれませんが、多くの人が気づかないような「こういうサッカーの見方もあるのでは」ということをこのブログを通して読者の皆さんにお伝えできれば良いかなと思っています。

 最後に再びクライフの言葉で締めましょう。

「私の言う技術とはリフティングではない。適切な足と正しいタイミングでボールを正確に味方へ渡すこと。ほんの少しの遅れが命取りになる」

バルサのシャビは、もうちょっと持つと持ちすぎになるよという直前で、的確なパスをスパーンと通していくんですよね。

バルサのようなポゼッションサッカーに限らず、現代サッカー戦術における基本だと思います。

家長選手や本田選手が、もし欧州のビッグクラブで成功したいのであれば、クライフの言葉やシャビのプレーはとても参考になるのではないでしょうか。





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