■一つの時代の終わり・新しい時代のはじまり?(最終回)

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 オーストリアの古都ウィーンからハンガリーの首都ブダペストを貫き、旧ユーゴスラビアのベオグラードへと流れる東欧の大河ドナウ。

70年代オランダ代表のトータルフットボールや現在のFCバルセロナ・スペイン代表がやっている攻撃サッカーの源流が、この大河の流域にあります。

イタリアやイングランドを破り、2-3-2-3システムを用いた流動性あふれるスタイルから「ドナウの渦巻き」と呼ばれた、1920~30年代のオーストリア代表「ヴンダーチーム」。

「ドナウの渦巻き」の後継者であり、当時最新鋭のシステム4-2-4とポジションチェンジを使ってイングランド代表を聖地ウェンブリーで6-3と破り、イギリスメディアに(サッカーの母国の)神々の黄昏と言わしめた「マジックマジャール」こと50年代のハンガリー代表。

06年W杯での惨敗のあと日本代表監督に就任したのは、彼ら「ドナウ派」の影響を強く受ける旧ユーゴスラビア出身のイビチャ・オシム氏でした。

「永遠にできない」と前置きしながらもトータルフットボールを理想とし、「考えて走る」ことで人とボールを流動的に動かすタテに速い攻撃サッカーを目指します。

選手が質の高いオフ・ザ・ボールの動きを要求されるところが、ジーコジャパン時代と一番変わったところではなかったでしょうか。

当初は山岸・羽生選手といった運動量豊富なプレーヤーが起用されましたがうまく機能したとは言えず、結局オシム氏が言うところの「守備ができない」中村俊輔選手を代表に呼び戻し、いろいろ試したシステムも4-4-2や4-2-3-1に落ち着きました。

07年アジアカップではオーストラリアを破ってドイツW杯のリベンジを果たすなど成果もありましたが4位。

まもなくオシム氏は病に倒れ、彼のサッカーは未完に終わってしまいます。

オシムジャパンでもっとも成長した選手は遠藤保仁選手ではないでしょうか。

技術は高いもののジーコジャパン時代は運動量がとても少なくて、消えている時間の長い選手だったように思います。

オシム氏が代表監督に就任すると練習で求められる運動量が急激にあがり、遠藤選手はそのハードさに当初は目を白黒させていた感じでしたが、オフ・ザ・ボールの動きが見違えるように良くなったことで彼本来の高い技術を生かすチャンスが増え、オシムジャパン以降代表に欠かせない選手として定着します。

 志半ばで倒れたオシム氏を引き継いだのは岡田武史氏でした。

岡田ジャパンは「たとえ相手がどこであろうとも正面から挑んで勝つサッカー」というコンセプトをかかげました。

しかしアジア予選まではそれで良かったのかもしれませんが、W杯常連レベルとの試合になると厳しい現実を思い知らされます。

W杯イヤーに突入した2月の東アジア選手権で韓国に敗北し、ほぼ2軍のセルビアにも0-3の完敗。

リベンジを誓ったW杯壮行試合の韓国戦で再び完敗を喫してしまいます。

残念ながら当時の代表からは、組織的な連動性というものがあまり感じられませんでした。

やはり日本サッカーに対する南米の影響の強さなのか、02年ブラジル代表のように攻撃時は中村俊輔選手を中心に各プレーヤーが自由奔放にポジションチェンジしていき、守備でもまるで約束事が無いかのように不規則にプレスをかけ続けるために、チーム陣形が間延びしやすいのがこのチームの特徴でした。

陣形が間延びし選手一人当たりの担当スペースが広くなると、ワールドクラスのチームと比べて個の能力で劣勢というウィークポイントが余計に強調され、大量失点と敗北を重ねていきます。

第1回で「オランダ人選手は広いスペースではスキルの高いブラジルやアルゼンチンの選手に対抗できない。だから陣形をコンパクトにして敵選手を狭いスペースの中に閉じ込めたいと考えた」というヨハン・クライフ氏の言葉を紹介しましたが、それとは逆の状態だったということです。

岡田監督はW杯開幕まで2週間をきったイングランド代表とのテストマッチから中村俊輔選手を外し、4-1-4-1システムで組織的な守備ブロックをつくり、それを引きぎみに置くことで相手にスペースを与えない堅守速攻型サッカーに変更するという決断をします。

この決断が日本代表における「一つの時代の終わりの始まり」だったように思います。

W杯本大会直前の戦術変更がギリギリ間に合って、初戦でカメルーンに勝利。

オランダに0-1と善戦して自信をつけた代表はデンマークに完勝して決勝トーナメント進出。

パラグアイとPK戦までもつれる激闘を繰り広げ、惜しくもベスト8進出はなりませんでしたが、自国開催以外でのW杯初勝利・初のベスト16は、W杯直前のどん底状態を思えば望外の成功と言えるでしょう。

ドイツでの大敗がよほど印象的だったのか、世界のメディアから「日本サッカーが復活することはもう無いと思っていた」と驚きの声があがります。

現在インテルでプレーする長友選手を始めとして多くの日本人プレーヤー見直され、欧州へ移籍するきっかけともなりました。

 南アフリカW杯ベスト16の成功を受けて就任したのが、イタリアのビッグクラブを指揮してきた経験を持つアルベルト・ザッケローニ現代表監督です。

「教授」とでも名づけたくなるように細かい戦術指導を行うザッケローニ監督は、岡田ジャパン時代よりも守備ブロックを前方へ押し上げて、タテのスピードを持ったより攻撃的なサッカーを志向しています。

攻撃時は4-2-3-1、守備時は両サイドハーフが下がって4-4-2でブロックをつくるのが基本戦術となっていますが、試合中ザッケローニ監督がテクニカルエリアに出て、両手で盛んに「陣形をコンパクトに」とジェスチャーするのがトレードマークとなりました。

90年代にFCバルセロナの監督をやっていたクライフ氏に会いに行き攻撃の戦術指導を請うたそうで、彼もまたトータルフットボールの影響を受けている一人と言えるでしょう。

ウディネーゼやACミランで、イタリアでは異端とも言える3-4-3システムを採用していたのもこのエピソードを聞けば納得です。

就任早々のテストマッチでは日本代表をアルゼンチン戦初勝利に導き、今年1月のアジアカップでは4度目のアジア制覇を果たしました。

カタールのブルーノ・メツ監督が、ショートパス主体で相手を崩すザックジャパンのサッカーを「アジアのFCバルセロナ」と評していましたが、やはりザッケローニ監督はクライフ氏の「弟子」ということでしょうか。

 これまでの日本代表のサッカーは、今では本家でもなかなか見られなくなっているような、クラシックな南米スタイルをどこかひきずっている感がありました。

それは良くも悪くも中盤にいるややクラシックなタイプのプレーメーカー中心のサッカーで、攻撃も守備も個の能力で解決することをベースとしていました。

しかし南アフリカW杯以降、フィールドプレーヤー10人がコンパクトな陣形を維持し、一つの組織として相手が使えるスペースを限定する守備をするようになります。

ザックジャパンになってからは、攻撃面でも組織力がレベルアップしています。

そのおかげで、テストマッチとはいえ「個の自由」の時代では何度兆戦しても敗北を繰り返していた、自分たちより個の能力で勝るアルゼンチンとの試合に勝利するという結果を得られました。

そして左サイドハーフに入ったドルトムントの香川選手が日本代表の新しい10番像を確立しようとしています。

ラストパスを出したらそこで満足して足を止めてしまうのではなく、チャンスメークのみならずサイドからゴール前へ切れこんでパスを受けたら自分でゴールまで持っていってしまう、得点能力の高い10番です。

1点ビハインドでしかも1人少ない状況から、香川選手がワンゴール・ワン「アシスト」した準々決勝のカタール戦は、それを象徴する試合となりました。

ウイング的なプレーヤーとしては、フェイエノールトで鮮烈なデビューを飾った宮市亮選手の方が適性があるかもしれません。

2014年W杯までにエールディビジやプレミアで順調に成長できれば、A代表でどういうプレーを見せてくれるか非常に楽しみになってきます。

彼らを生かすために、将来は4-2-1-3のシステムが採用されるかもしれません。

前回の記事で指摘しましたが、02年W杯以後世界のサッカーは急速に組織化が進み、チームの花形が中盤のパサーからウイング的な選手へと移っていき、システムも4-2-3-1や4-3-3といったサイド攻撃がやりやすいシステムが主流となりました。

そうした世界の流れがようやくこの日本にもやってきたことを実感するとともに、日本サッカーの一つの時代の終わりと新しい時代の到来を予感しています。

組織力が日本代表に勝利という結果をもたらし、試合に勝つことで自信をつけた選手が個の能力を底上げしていく、それが日本サッカー界全体に広く波及していくという好循環が、今まさに起こっています。

 ここで微妙な位置に立たされているのが、本田圭佑選手ではないでしょうか。

スピードを重視した組織サッカー全盛のこの時代、中盤でルックアップしてゆっくりとボールを持ちたがるエンガンチェ(クラシックなタイプのプレーメーカー)の居場所が、特にビッグクラブではどんどん無くなっています。

そのため、アルゼンチンのリケルメや中村俊輔選手のような「不遇の天才」も現れました。

ビッグクラブへ移籍して10番をつけたいという本田選手の夢を実現するためには、スペインのシャビやオランダのスナイデルのように現代戦術のもとで生き残る術を身につける必要があるでしょう。

私が期待する選手の一人だけに、アジアカップでは「パスの美学」に重きを置くクラシックな司令塔としての顔をちょっとのぞかせていたのが気になりました。

「パスの美学は捨てた。今はゴールの美学を追及している」と言っていたころの本田選手が、一番輝いていたように思います。

 4回にわたって90年代以降の日本代表の歴史を追ってきましたが、代表がどういう戦術をとる監督のもとで成功してきたか一つの法則が見えてきたと思います。

しかし、成功してもそのやり方を継続して成果を積み上げていくことができなかったのが、これまでの日本代表でした。

アルゼンチンに勝利し4度目のアジアカップ優勝を果たしたザックジャパンはそのサッカースタイルとともに、代表の新しい時代の幕開けを予感させます。

セピア色の写真の中にしか存在しないサッカーを追いかけ、過ぎ去った時代を逆戻りさせるような不毛なできごとが二度と起きないことを強く祈って、このシリーズを終えることにします。

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。






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■コメント

■今の日本代表 [トット]

はじめまして
サッカー大好き女です。

今の日本代表について一言。
やはり攻撃も守備も早さが増しましたね。

縦パスの入りも速いので相手に陣形を整えさせない
速さがあり、サイドからの攻撃も入りが早く
点を取りやすい。

守備に関しても陣形を縮め
スピーディにマークに付ける様にしている。

相手が疲れたところをさらに速さで圧倒する。
圧倒してから初めて・・・
休むことを覚えた日本。

緩急をつけるとはこの事で
その意味合いがようやく分かりだして
来ましたね♪
(生意気ですいません)

■ [名無しさん]

毎回楽しみに拝見させていただいております。
今後イレギュラーでも嬉しいので、筆を執る機会がありましたら、是非復活を待ってますね。
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