■一つの時代の終わり・新しい時代のはじまり?(その3)

前回のお話はこちら

 2002年W杯におけるトルシエジャパンの成功の後、日本代表監督に迎えられたのはブラジルの伝説的名選手だったジーコ氏でした。

前任者とは目指すサッカーのコンセプトが180°違うといってよく、彼自身がプレーした1982年W杯のブラジル代表のように中盤をボックス型にした4-4-2に中田英・中村俊・小野・稲本の「黄金のカルテット」を起用、「個の自由」に基づくサッカーを理想としてかかげます。

しかし結論から言えば、02年日韓W杯が終わって次の06年ドイツW杯がはじまるまでの4年間は、日本が世界のサッカーの進化から一番遅れをとった時期となりました。

ジーコ氏はブラジル的な4-4-2を理想としたものの、それで結果が出ずに大部分の期間3-5-2で戦いましたが、どちらにせよチーム陣形を組織的にコンパクトに保つという思想は皆無でした。

それでも個の能力の高さで04年アジアカップ優勝を勝ち取りW杯予選も突破しましたが、世界レベルではそれが通じずにドイツW杯では初戦のオーストラリアに大逆転負け。

付け焼刃的に4-4-2に戻しましたが、ブラジルにも大敗してグループリーグ敗退。

W杯後、代表人気の陰りと国民のサッカー離れが言われるようになり、日本サッカーは危機的状況となります。

02年W杯の優勝国はブラジルでしたが、純粋に守っているのはGKとセンターバック2枚ぐらいで、残りの8人が自由奔放にどんどん攻め上がっていくまさに「個の自由」に基づいたチーム。

そうした「セレソン」の優勝を目の当たりにして、02年W杯後に「個の自由」に基づくサッカーを自分たちもやりたいと思ってしまった人が日本に出てきたことは、無理もないことだったかもしれません。

クラブレベルでもちょうどそのころ、フィーゴ・ジダン・ラウルなどを擁し「銀河系軍団」と呼ばれたレアルマドリードが個の能力の高さを前面に押し出し、リーガやチャンピオンズリーグで華々しい優勝を飾っていました。

 ところが皮肉なことに、02年W杯のあと世界のサッカーは急速に組織化が進みます。

モウリーニョ率いるチェルシー、ベニテスのリバプール、ベンゲルのアーセナル、そしてマンチェスターユナイテッドのプレミア勢に、FCバルセロナがからんでチャンピオンズリーグを舞台に高度な組織サッカーが展開されました。

02年W杯までは日本代表を含めて3バックを採用したチームがかなりありましたが、その後4-3-3や4-2-3-1、中盤をフラットにした4-4-2といったサイド攻撃をより重視したシステムが時代の主流となっていきます。

それまではジダンやベッカムに代表される決定的なパスを出す中盤のパサーがチームの花形でしたが、主流となったシステムの変化にともないブラジルのロナウジーニョ(バルサ時代)、オランダのロッベン、アルゼンチンのメッシ、ポルトガルのC.ロナウド、スペインのイニエスタといったウイング的な選手にチームの花形が移っていきます。

02年のブラジル代表は「個の自由」で優勝した最後のチームとなり(今のところは)、06年ドイツW杯の頃にはすっかり組織サッカー全盛の時代になっていて、個の能力が高いのは当り前、それプラスいかに組織力を高めるかというところで世界トップレベルのチームはしのぎを削っていました。

結局ブラジルはベスト4にも残れず、優勝したのはイタリアでした。

ジーコ氏も日本サッカーのために良かれと思ってやったのでしょうが、間延びした3-5-2システムで「個の自由」に基づくサッカーをかかげてドイツに乗りこんだジーコジャパンは、今から見ればいかにも時代遅れでした。

3-5-2にしろ4-4-2にしろ、せめて日本代表がコンパクトな陣形を保った組織サッカーを06年W杯で展開できれば、ダメージを最小限にとどめることができたのかもしれません。

 ところで日本中がその優勝を目の当たりにした02年ブラジル代表に、3バックがのちに時代遅れとなる予兆が既にあらわれていたように思います。

ブラジルの決勝トーナメント1回戦の相手はベルギーでしたが、ブラジルの3-6-1に対してベルギーは2000年ユーロ優勝国フランスも採用していた当時最新鋭のシステムと言える4-2-3-1です。


ブラジル×ベルギー
(クリックで拡大)


ブラジル代表は試合中自由奔放にどんどんポジションチェンジしていくのでだいたいその辺りにいると考えてほしいのですが、両チームのマッチアップと数的有利・不利になっているところを見てみると、ベルギーのワントップに対してブラジルはセンターバックが2人も余っており、他方、両サイドではベルギーが2対1で優勢になっています。

ロナウド(9)とロナウジーニョ(11)に対し、ベルギーがセンターバック2枚とサイドバック1枚で見るようにして3対2にしたとしても、必ずどちらか一方のサイドではベルギーが数的優位なわけです。

実際の試合では、ブラジルのフェリペ監督が余っているセンターバックのエヂミウソン(5)を中盤に上げますが、バックのエヂミウソンはミスパスを連発、ドリブルで突っかければベルギーのプレスにかかってボールを失う始末でブラジルは苦戦。

ベルギーは中盤の底にいるレジスタのワーレム(10)がボールを左右に散らし、4-2-3-1システムの有利さを利用してサイド攻撃から良い形をつくったところまではワセイジュ監督の計算通りでした。

そして右サイドからのクロスをヴィルモッツがヘッド、ボールがゴールネットをゆらしてベルギー先制かと思いきや、レフェリーがゴールを取り消すという不可解な判定。

逆にペータース(15)が一瞬バイタルエリアでリバウド(10)をフリーにしてしまい、リバウドがミドルを叩きこんでブラジルが先制。緊張の糸がぷっつり切れたベルギーはそこからガタガタッといって負けてしまいます。

システムの優劣が必ずしも試合の勝敗を決定づけるものではないということなのかもしれませんが、02年以降3バックがすたれてしまった理由は、このように今主流となっている1トップや3トップといったシステムとの相性の悪さが大きいと思います。

相手より不利なシステムを採用して良いことは無いでしょう。特に世界最高の個の能力を持っていないチームが常に試合に勝ちたいと望むなら。

ちなみにフェリペ氏はW杯優勝監督としてポルトガル代表に迎えられますが、ユーロ04では4-2-3-1を採用してポルトガルを準優勝へと導きます。

ブラジルも06年W杯では4バックに変わっていました。

そう考えると、やはりジーコジャパンは世界のサッカーの進化から取り残された感がありました。

トルシエジャパンの遺産を引き継いだジーコジャパンは、個の能力では前者と同等かそれ以上でした。

にもかかわらずドイツW杯で惨敗を喫したのは何が欠けていたのか、一目瞭然ではないでしょうか。

選手が世界最高の個の能力を持っていることを前提とした80年代のブラジル代表の戦術は、そのような能力を持たない当時の日本代表にはやはり合わなかったと思います。

誤解のないよう言っておきますが、私は80年代のブラジル的な戦術が当時の日本代表に合わなかったと言っているだけで、90年代にサンパウロ州選手権やリベルタドーレス杯を楽しみに見ていた私は、自由奔放なブラジルらしいサッカーが近年セレソンでも見られなくなっていることについて寂しく感じています。

また、南米は世界のサッカーの発展に大きな貢献をしていますし、その影響で日本人選手の技術が高いこともとても良いことだと思います。

 ドイツW杯における惨敗のあと、「日本代表という止まった車を全員で強く押さなければならない」と語る、イビチャ・オシム氏が新監督に就任します。

オシムジャパンからザックジャパンまでは、次回で取り上げましょう。




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