■五輪三連敗が突きつけたもの

 ジーコジャパン時代に、カシマでマレーシアとテストマッチをやったことがあります。

その試合を中継したTVのアナウンサーが、これまでの日本代表とマレーシア代表の対戦成績がほぼ互角なことを取り上げて、「マレーシアは今でこそ低迷しているが、かつてはアジアの強豪!」とアナウンスしていて、私は吹き出してしまいました。

おそらく「アジアの強豪である日本と互角の対戦成績をあげているのだからマレーシアもアジアの強豪」という発想なのでしょうが、マレーシアはW杯に出たこともアジアカップで優勝したこともありませんし、アジアのトップレベルの国々から勝ち星をあげて番狂わせを演じることはあっても、「東南アジアでは強豪」の域から脱することのない、アジア全体で見れば第二グループに属する国といったところでした。

それではなぜ日本とマレーシアの対戦成績が互角なのかと言うと、単純にかつての日本が弱かったというだけです。

日本がアジアの強豪国となったのは、代表監督にオフト氏が就任しJリーグができた90年代前半からで、それより前の日本代表は、マレーシアや香港あたりに平気で引き分けたり負けたりしてしまうアジアの二線級チームだったのです。

前述のTVアナウンサー氏は、それを知らなかったのでしょう。

逆にいえば、アジアでさえ二線級だった日本代表はプロ化して10年もたたないうちにW杯に出場し、2002年には決勝トーナメント進出、ヨーロッパ各国のリーグに何人も選手を送り出すという、めざましい急成長を遂げました。

 しかし日本サッカー界には猛スピードの成長ゆえの副作用・ある種のゆがみが存在しているように思えます。

それは日本サッカーがプロ化した90年代前半を明確な境界線として、現役時代はアジアでも決して高いとは言えないレベルのサッカーしか経験していないアマチュアサッカー出身者が指導者・監督・解説者となって、ヨーロッパやJリーグのクラブで活躍するプロ選手を正しく指導しなければいけないという問題です。

現役時代にすばらしいサッカー選手ではなかったとしても、引退後にしっかりとサッカーのことを勉強すれば、すばらしい指導者になれる可能性は十分あると私は思っていますが、現在の日本の指導者で「この人は本当にサッカーを勉強しているな、能力において欧州の監督にも引けを取らないな」と思える人は残念ながら見当たりません。

イビチャ・オシム氏は「ジダンやロナウドが間違った動きをしている、全然動けていない。それを指摘できなければ監督という名は返上すべきだ」と言っていますが、日本サッカー界の「ジダン」や「ロナウド」の間違いを指摘するどころか、そうした「カリスマ」の個の能力に全面的に頼り、彼らに何とかしてもらおうと考えてしまう指導者が少なくないように思えます。

五輪代表を率いた反町康治監督は、現役時代のおよそ半分をアマチュアクラブの選手として、もう半分をJリーグのプロクラブの選手として過ごした、かろうじて日本サッカーのプロ化に間に合った方です。

 その反町監督率いる五輪代表・反町ジャパンですが、北京五輪は三連敗に終わりました。

攻撃に関しては、ピッチを三分割したときのミドルサードまでは、ショートパスを使ってビルドアップできていましたが、相手ゴールに近い一番重要なアタッキングサードでの組織力・連動性・アイデアに決定的に欠け、ボールの出し手と受け手の二人の関係しか存在せず、ラストパスも味方がいそうなところへ何となく蹴るような、レベルの低いものでした。

守備に関しても、相手の縦パスが入ってもこちらから積極的にインターセプトを狙うようなことをせず、次々とポストプレーを許し相手が日本ゴールへ迫るのを、ただ指をくわえて見ているような消極的なシーンが目立ちました。(特にナイジェリア戦)

 世界との戦いにおいて、日本は個の能力でアドバンテージを得ることができないという問題は、今にはじまったことではありません。

であるならば、当座の解決法はサッカーという団体競技においていかに組織力を高めるかしかなく、攻撃においてはアタッキングサードにおいて相手を組織的に崩す能力、守備においてはディフェンディングサードにおける組織的守備力が、ダイレクトに日本代表の得点・失点につながってくるわけです。

ですが、少なくとも北京五輪における反町ジャパンの試合からは、組織力を大切にするという姿勢はうかがえませんでした。

 日本の指導者はサッカーの組織というと、えてして4-4-2が良いか4-5-1が良いかというシステム論だけで話が終わってしまい、組織力と連動性を高めるということをそっちのけにして、そのパズル(システム)にどういうピース(選手)を当てはめるかということだけに血道をあげてしまうきらいがあるように思います。

そして「当てはまるピースが無い、無い」と言っては、個の能力で劣勢な局面を打開できる「青い鳥」(カリスマ選手)を探す、キリのない旅に出てしまいます。

しかしメッシやC.ロナウドみたいな「青い鳥」は現在の日本を探しても見つかりませんし、青い鳥探しの旅は組織力を高めるということと正反対のことをしているわけです。

同じ理由から反町監督が、五輪世代からは当てはめるピースが見つからない、フル代表の遠藤・大久保の両選手を呼ぶしかないと、「青い鳥」を探して大騒ぎをはじめた時点で、正直オリンピックは望み薄だなと思っていました。

 レギュラー組の怠慢とサブ組の腐りを防ぐためにも、選手を競争させて常に新しい血をチームに入れていくのは大賛成です。

しかしそれは、誰が出ても大きくレベルダウンしない組織サッカーの土台を監督が既につくってあるというのが前提であり、土台づくりをほったらかしにして「青い鳥」を探して新しい選手をとっかえひっかえ、結果が出ないと言ってはシステムもとっかえひっかえでは、少なくとも現在の日本サッカーに勝利はありえません。

そうした傾向は、バーレーンでの敗戦以降、中村俊選手の個の能力に依存を深めるフル代表の岡田監督にも明確に表れています。

このままだと、北京五輪で苦悩する反町監督の姿は、南アフリカでの岡田監督の姿になってしまうのではないかと懸念されます。

 北京五輪では、もう何年も前から既にわかりきっていたことが改めて日本サッカー界に突きつけられたと思います。

それはサッカーという団体競技においていかに組織力を高めるかであり、個の能力で劣るなら人とボールを相手の倍動かして、日本の長所を生かして相手を圧倒してしまうサッカーが、代表の生命線だということです。

 初戦のアメリカ戦では外す方が難しいくらいの、インサイドに当ててコースを変えるだけでゴールになるシュートを外す場面が見られ、「ドイツW杯でのQBK再び」でしたが、それは言いますまい。

人とボールを相手の倍動かして、相手よりシュートチャンスを多くつくる。

外れても外れても、めげずに積極的にシュートを打つ。

失敗を恐れず、真剣勝負の実戦の場でどんどんシュートを打って経験を積んでいかなければ、QBKに代表される日本選手のゴール・シャイは治りません。(なかなかシュートを打たないのだから、シュート・シャイか?)

今から20年近く前は「欧州や南米に比べ、アジアやアフリカの選手のゴール・シャイはひどい、もともとサッカーに向いていないのではないか」と言われたものですが、エトオやドログバなどの登場で、アフリカはゴール・シャイを克服したように思います。

日本も経験を積むことで克服できると信じます。

しかし、相手ゴール前にボールを運べないのでは、シュートを打つことすらままなりません。

日本の生命線は、やはり攻守に渡る高い組織力であり、そうしたサッカーを実現できる監督が求められています。

 北京五輪は大変残念な結果に終わりましたが、下手にオーバーエージを入れてそこそこ結果が出てしまい、この世代が今の弱点をかかえたままフル代表に上がって手遅れになるよりはよっぽど良かったと思います。

オシムは、大会に勝ってフル代表に選手を1人も供給できないユースチームもあれば、大会に負けたがフル代表に多く選手を供給するユースチームもある、そのどちらが良いチームなのか、といったようなことを言っていました。

長い目で見て、北京五輪での挫折を乗り越えた多くの良い選手が、フル代表にのし上がってW杯で好成績をあげれば、北京でメダルを取る以上の成功と言えるでしょう。

重要なのは、「北京で失敗したからもう終わった」ではなく、これからどうするかだと思います。

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