■アジアカップ総括

 アジアカップ2007は、イラクの初優勝で幕を閉じました。

およそ14年ぶりに強豪イラクの復活ですね。 オーストラリアを3-1で破ったときから注目していて、かなり上まで行くだろうとは思っていたのですが...

イラクは1986年にW杯に出てますし、”ドーハの悲劇”で有名な93年のアジア予選でも真のベストチームだったと思います。

フセイン大統領が「アメリカW杯に出場し、イラクの国旗をアメリカの大地に打ち立てて、やつらに恥をかかせろ」なんて言ったものですから、政治力によってつぶされてしまったのですが。

イラクの伝統的サッカースタイルは、同じアラブでも「引いて守ってカウンター」のサウジやカタールといった湾岸諸国とは違います。

攻守に組織力があり、きちんと中盤を創ってくる欧州の香りのするサッカーです。 戦争さえなければ、アジアのトップクラスであり続けたのではないでしょうか。

 前置きはこのあたりにして、今日からアジアカップの総括をやりたいと思います。そして何ができて、何ができなかったのかをチェックした上で、今後の日本代表の目指す方向性を考えてみたいと思います。

 まず日本代表のアジアカップ4位という結果からですが、W杯のアジア枠は4.5カ国ですから、この大会がアジア予選だったとしたら本大会出場決定となります。

準々決勝で、ドイツW杯ベスト16のオーストラリアとも90分戦って1-1という結果を残しています。

結果に関する限り、オシム監督は最低限のノルマを達成したといえるでしょう。

 次に試合内容について、何ができたのかということから見ていきます。

オシム・ジャパンの特徴は、ショートパスで中盤を組み立てて、ボールの支配権を握り続けることで、得点チャンスを増やしていくというサッカーです。

酷暑の東南アジアという条件下であったにもかかわらず、このサッカーが非常に機能しました。

開幕戦のカタール戦から準決勝のサウジ戦まで、日本がほとんどの時間でボールを支配し、試合の主導権を握り続けました。

11人対11人の状況で、W杯では押される一方だったオーストラリアが相手でも、オシムジャパンの組織サッカーは機能したと思います。

これは自信を持って良いことだと思いますし、長期的な視野にたって、このスタイルをねばり強く継続していく必要があります。

3位決定戦では、自分たちのサッカーを見失っていたようですが、それでもボール支配率では韓国を上回っていました。これは近年の日韓戦では無かったことでした。

 憶えている方はあまりいないかもしれませんが、2000年のアジアカップ・レバノン大会におけるトルシエジャパンも、ショートパスで中盤を組み立てて、ボールを圧倒的に支配するサッカーでした。

開幕戦で事実上の決勝戦と言われたサウジ戦に4-1でいきなり大勝すると、二戦目のウズベキスタン戦には8-1と攻撃力が大爆発。

余裕のグループリーグ突破が決まり、主力を休ませた第三戦はカタールと引き分けたものの、

準々決勝のイラク戦では4-1と相手をまったく問題にせず。

準決勝であたった中国を3-2と力でねじ伏せ、再度対決となったサウジには1-0で、日本が二度目の優勝を決めました。

アジアカップが16チーム参加になってから、決勝Tで相手をぜんぶ90分以内に仕留めて優勝したチーム、相手に一度も延長戦・PK戦に持ちこませず優勝したチームなぞ、前にも後にもトルシエジャパンしかありません。

アラブのマスコミが「日本製精密コンピューター」と呼んだ、すぐれた組織サッカーを持つトルシエジャパンは、まるで別の大陸からやってきた強さでした。

それが2002年W杯でのベスト16へとつながっていくわけです。

アジアカップ2007では、オシム監督の手によって「日本製精密コンピューター」が四年間の空白をへて復活をとげたと思います。

試合内容においても、私は合格点をつけます。

 協会が、どうしてそれまでうまくいっていた日本サッカーのスタイルをいじって、突然「個の自由」に方針転換したのか、まったく不可解としか言いようがありません。

2000年と比べると、2004年アジアカップは個の能力の高さで勝った、アップアップの優勝でした。

しかし、それが通用したのはアジアだったからで、W杯予選も含めて「監督の強運」がクローズアップされる中、「組織が無い」という根本的な問題がスルーされてしまいました。

2006年W杯では、頼みの”個の自由”でも組織力でも負けて、手も足も出ない完敗に終わりました。

 思い起こせば1992年のオフトジャパンで、オランダ流の組織サッカーが取り入れられて、アジアのトップクラスまで一気に上りつめました。

しかし、ブラジルから呼んだファルカンでつまずき、

加茂ジャパンでは、ゾーンプレスというヨーロッパ流組織サッカーを取り入れようとしましたが、消化不良に終わりました。

緊急リリーフの岡田さんをはさみ、

トルシエジャパンで、日本的な組織サッカーが一応の完成をみます。
それが2000年アジアカップ優勝、02年W杯ベスト16という結果につながりました。

しかし、またもやブラジルから呼んだジーコで四年間の空白と停滞を招き、06年のオシム就任から07年アジアカップへと至ったわけです。

協会が性懲りも無く、ジーコの次にトニーニョ・セレーゾを呼んだらどうしようかとヒヤヒヤしていましたが。

(82年W杯ブラジル代表の黄金の中盤はもちろん、ジーコ、ファルカン、ソクラテス、トニーニョ・セレーゾ、ソクラテスはお医者さんをやっていてサッカー界から離れているはず)

「個の自由」といった耳に心地よい言葉に惑わされて、フラフラするのではなくて、勤勉で技術が高いという日本人の長所を生かした組織サッカーを日本のスタイルと位置付けて、この方針にしたがって、長期の強化戦略を実行するべきでしょう。

個と組織は、ゼロサムで両立しないものではありません。
個あっての組織ですし、組織あっての個です。

組織で勝ちながら、長期的には個の能力(経験値・フィジカル・テクニック・状況判断力)をあげていく。

これが一番有効な強化策ではないでしょうか。

イタリアにはイタリアの、ブラジルにはブラジルの、メキシコにはメキシコの、サウジにはサウジの、民族性や文化に根ざした、基本となるサッカースタイルというものがあって、それをベースにして現代サッカーにあうように改良が加えられているわけですが、

07年アジアカップで有効性が再確認できた、かつて「日本製精密コンピューター」として恐れられた組織サッカーを、日本のベースとなるサッカースタイルに据えるべきだと思います。

 さらに付け加えるならば、”日本スタイル”を、代表もクラブも、ユースから大人のチームまで、なるべくベースとして据え、それにそれぞれが工夫と応用を加えるべきではないでしょうか。

日本の場合、高校サッカーではA代表と正反対の、ロングボールの放り込み合戦のようなサッカーをやっていますが、これは非常に弊害が大きいと思います。

これでは、大人になってからやる組織サッカーに必要な基礎、つまりポジショニング能力や状況判断力が養われませんし、世界で通用するものでは無いでしょう。

日本のすべてのチームはサッカースタイルを全部同じにしろとは言いませんが、少なくともロングボールの放り込みサッカーだけは考え直すべきだと思います。

勝ちぬき戦がそうさせているなら、大会のやり方を変えるべきです。

 
 このエントリーでは「アジアカップ2007で、日本代表は何ができたのか」ということについて見てきました。

次回は、何ができなかったのかについて検証します。




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■コメント

■はじめまして。 [ultraman]

はじめまして。
すごい分析力ですね。
圧倒されてしまいました。
なるほどフムフムと
うなずいてしまいます。
やはり日本は基本的に組織だと思います、素人ながら。オシムさんがんぱってほしいです。
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