■2005年03月

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■バーレーン戦―しょっぱい勝利 その1

 のどから手が出るほど勝ち点3が欲しかったバーレーン戦、日本代表がどうにかこうにか最低ノルマを果たす事ができたのは、皆さんのご存じのとおりです。

とりあえず、いつものように試合内容をざっと振り返って見ます。

 ホームにバーレーンを迎え撃った日本代表は、慣れ親しんだ3-5-2にシステムを再変更し、試合開始から先制点を奪うために、積極的に攻めに出ました。

中盤の積極的なプレスでバーレーンのカウンターをほぼ封じこめ、日本が主導権を握ります。

 そして試合が進むにつれて日本のボール支配率はどんどん高まり、中盤での効果的なショートパスの組みたてで、試合を支配します。

 しかし、日本の攻撃は敵ゴール前30mに近づくと、とたんに停滞してしまいます。 効果的なクロスやラストパスを出す事ができずにその結果、あれだけボールを支配したのに前半のシュートはたったの3本。

コーナーキックやフリーキックなどのセットプレーも前半だけで10回前後あったはずですが、これも生かせず前半0-0。

 後半も日本がボールを支配して攻撃し、バーレーンが守りを固めるという展開。

じりじりとした時間が過ぎていき後半27分、日本のセットプレーからM.サルミーンの前にボールがこぼれると、中澤選手が後ろからプレッシャーをかけ、サルミーンがたまらずクリアしたボールが、なんとバーレーン・ゴールにつきささり、のどから手が出るほど欲しかった先制点が日本に転がり込んできました。

 後半34分、44分、ロスタイムと3回ほどバーレーンの攻撃にひやっとさせられましたが、なんとか耐えて試合終了。

日本は最低でも3、最高でも3欲しかった勝ち点を最少点差の1で、どうにかこうにかゲットしました。

スタジアムの雰囲気も北朝鮮戦の時よりずっとよく、試合開始直後は不可解だった審判の判定も、スタンドからの激しいブーイングでじょじょに修正されました。

欲を言えば、1回のブーイングの時間をあと10秒ほど長くしてもらえるともっと効果的に審判団に圧力がかけられると思います。

ともかく埼玉スタジアムに行かれた皆さんに、ありがとうを言いたいです。

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2005.3.30 埼玉スタジアム

   日本  1-0  バーレーン

72分 O.G.
  (サルミーン)

GK 楢崎      GK A・ハサン
DF 田中      DF M・フセイン
   宮本         A・マルズーキ
   中澤         S・イサ
MF 加地         S・モハメド
   中田         F・ババ
   福西      MF ラシド・D
   三都主        M・サルミーン
   中村         F・サルマン
  →稲本(後半50分)  →A・タレブ(後半15分)
FW 高原         M・フバイル
   鈴木        →D・ナセル(後半20分)
  →玉田(後半24分)FW F・アリ

つづく
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■埼玉スタジアムの雰囲気が大切!

 いよいよ明日に迫ったバーレーン戦。
絶対に勝ち点3をあげなければならないこの試合は、日本代表をサポートするうえで埼玉スタジアムの雰囲気、それも日本のホームとしての雰囲気が非常に大切だと思います。

 スタジアムに行かれる方に是非お願いしたいのは、

たとえば相手の選手が、両足のスパイクのポイントをみせるようなタックルやヒジ打ちなどの汚いプレーを日本代表の選手にやったにもかかわらず審判が見逃してレッドカードを出さなかったとします。

そのときはスタジアム全体で地鳴りのようなブーイングをして欲しいのです。

そして、たとえば相手の10番の選手が汚いプレーをしたとしたら、相手の10番がボールを持つたびにスタジアム全体から地鳴りのようなブーイングをして、日本に不利なジャッジがでないように相手選手や審判にプレッシャーをかけて欲しいと思います。

 ブーイングという習慣はそもそも日本にはなかったせいでしょうか、日本人は使い方があまりうまくないような気がします。

日本のブーイングはタイミングがバラバラで、しかもやる時間が短く非常にあっさりした感じで、スタンドからの怒りをあまり感じません。そのために効果が薄いような気がします。

 ブーイングをする時はメリハリをつけて、いいプレーには拍手、汚いプレーと不可解な審判の判定には地鳴りのようなブーイングといった具合に、スタジアム全体で統一して意志表示をして欲しいと思います。

その意味で言えば、テヘランのアザディ・スタジアムの殺気に満ちた雰囲気は、まさにイランがホームでW杯予選をやるのにふさわしいもので、私にはちょっとうらやましかったです。

(一部で物を投げられてケガをなさった日本サポがいらっしゃったそうですが、もちろん暴力行為はいけません。)

 殺気に満ちた雰囲気につられてか、審判団もみごとにホームのイランよりのジャッジでした。 しかし日本のホームゲームはなぜ審判がすばらしく公平、いや、ことごとく日本に不可解な判定を下すのか全く謎です。

そんなことがないようにチケットが取れて明日の埼玉に行かれる幸運な皆さん、どうぞよろしくお願いします。
  

■日本がバーレーン戦でとるべき戦術とは?

 いよいよ、絶対に勝って勝ち点3をゲットしなければならないバーレーン戦がこんどの水曜日にと迫ってきました。そこで日本代表はバーレーン戦をどのように戦うべきかについて考えてみます。

 アジア最終予選のリーグ戦も二節を消化し、各国の力関係がだんだんわかってきました。

結論から言えば、日本がこの最終予選を確実に勝ちぬくには最低限、バーレーン戦はホームで勝利・アウェー引き分け、そしてピョンヤンでの北朝鮮戦と最終戦のホームのイラン戦は勝利が必要となるでしょう。

 特にこんどのバーレーン戦は確実に勝ち点3をとることが求められます。

その場合日本が絶対やってはならないのが、守ってカウンターを狙ってくるであろうバーレーンに先制点をやることです。逆に言えば日本がなんとしても先制しなければなりません。

そのためにすべき事は、なによりシュートを増やす事であり、そのためにはクロスやラストパスを増やさなければなりません。

まず第1にクロスやラストパスが増えなければシュートが増えるわけがありません。 イラン戦で効果的な攻撃ができなかったのもシュートとその前段階であるクロスやラストパスが少なすぎたことが原因ではなかったかと思います。

 クロスやラストパスを増やすには、中盤での無駄なドリブルで攻めに時間をかけるのは禁物です。

自分の前に味方がいるのであれば、迷わずどんどんパスを出して、バーレーンが自陣に戻って守備のポジショニング修正を終える前に、相手の危険なエリアに味方の選手とボールを送り込まなくてはなりません。

 またサイドからクロスを上げる場合でも、日本の選手はなんとしてもサイドをえぐってプルバックのクロスをあげなければといった思いが強すぎる様な気がします。

サッカー解説者も「どんどん勝負して欲しいですね~」なんて言ってますが、しかし、敵選手を抜く時にバランスを崩しながら上げる日本の選手のクロスは正確では無い事が多く、必ずしも質の高いチャンスとはなっていません。

 確かに「相手の選手をドリブルで突破してサイドをえぐってクロス」といった攻撃は絵的にはハデで痛快ですが、人のまったくいないところに不正確なクロスが入ったのでは全く意味がありません。

今度の試合でもバーレーンは、コーナーフラッグ付近のスペースに日本の選手が侵入してくることを充分警戒してくるでしょう。 スペースが無いところを無理に使おうとするのは逆効果ではないかと思います。

むしろ相手のサイドの選手の数m手前から、余裕を持って充分な体制でピンポイントの精度の高いアーリークロスをどんどん上げた方が、ペナルティエリア内のヘッドを狙う味方選手としては合わせやすいはずです。

精度の高いアーリークロスが数多く入ってくれば、バーレーンのサイドの選手もそれを防ぐために、裏に広いスペースをつくってでも前へ出てこざるを得ません。

そこではじめてこちらも前に出て勝負して相手の裏をつき、サイドをえぐり、クロスを上げるような攻撃が有効になってくるのではないでしょうか。

 ともかくイラン戦のようにセンターサークルから相手ゴール前にかけて、無駄なドリブルや「どこにパスしようかな?」とボールをキープしてキープして結局バックパスをするような判断の遅い、時間のかかる攻撃をしていたんでは、常に守備体制が整ったバーレーンを相手にしなければならず、うまくいく可能性は少ないでしょう。

それにボールの持ちすぎと無駄なドリブルはバーレーンの鋭いカウンターの格好のえじきです。

バーレーンが守備のポジション修正を終える前に、前にいる味方に、なかばオートマチックにワンタッチでどんどんパスを回して、サイドからアーリークロス、相手にはね返されたらそれを拾ってまたクロス、サイドがダメなら中央でワンツーやスルーパス、中央がダメならまたサイドからクロスといった具合に時間をかけず、

日本のシュート・シーンが増えるようどんどんクロス・ラストパスを供給してやることが必要
だと思います。

 ペナルティエリア内でボールを受ける選手も相手が引いていてスペースも時間も無いわけですから頭にしろ足にしろ、なるべくファーストタッチがシュートとなるようボールを受ける前からイメージしておくことが大切です。

このようにすればきっと勝ち点3がゲットできると思いますが、どんなことがあってもあせらないことが一番肝心です。そして万が一、万が一にも勝ち点3とれなかったとしても勝ち点1は絶対に確保しなければなりません。

あせって攻撃に出てカウンターを食らい、バーレーンに勝ち点3をやってしまえば、挽回は非常に難しくなります。でも引き分けならアウェーのバーレーン戦でまだまだ挽回可能です。

 最後まで落ち着いて、クロス・ラストパスをどんどん出してシュートをどんどん打っていく、

守備は激しいプレスをかけて相手を自由にやらせず、危険なピッチの内側をきってボールをキープするバーレーンの選手を、外へ外へとタッチライン方向に誘導する、

サイドから日本のゴール前に入るクロスは必ず日本の選手が先にさわってクリアする、それができなくても相手にノーマークでシュートを絶対に打たせないというサッカーの基本を実行すれば結果は自然とついてくるでしょう。

(イラン戦のハシェミアンの決勝ゴールのように、ノーマークで打たれれば確実に失点するんだということを覚悟しなければならないし、2度とあのような事があってはいけません)
  

■勝ち点1を失ったイラン戦 その3

 前回のつづき

 それでは最後に今回のイラン戦全体の総括ですが、試合内容はそれほど悪くなかったと思いました。北朝鮮戦と違い、海外組が入った中盤が攻守にわたってまずまず機能していたのは明るい材料です。

逆にイラン代表は前試合にひきつづき、内容がいいとは言えませんでした。

守備はともかく攻撃がうまく機能していたとは思えません。福西の同点ゴールを浴びてからは明らかにあせって雑なプレーをしていました。

その意味でもアウェーとはいえ十分引き分けられる相手でしたが、こちらの初歩的ミスで勝ち点1を失い、イランに勝ち点2を与えてしまったのはもったいなかったと思います。

 しかし、今回の敗戦は予測したシナリオの範囲内でしたし、ホームで2点差以上つけて日本がイランに勝てば日本の方が実力は上です。

むしろ怖いのは敗戦を引きずって自信を失い、埼玉でのバーレーン戦で勝ち点3がとれなくなることです。というわけで次の試合は絶対に勝たなくてはならなくなりました。

 ただ管理人スパルタクがあまり好きでは無い言葉は、日本がアジアで苦戦したときに出てくる「アジア各国だってレベル・アップしているのだから簡単に勝てる試合は無い」とかいう言い訳です。

確かにアジア各国はチーム力を強化しているのでしょうが、イラン代表は今のままのレベルでは2006年W杯でグループリーグを突破するのは難しいと思います。その相手にアウェーとはいえ日本が勝てなかったというのは事実です。

 また代表のいわゆる”国内組”が「俺たちだってやれる!」という自信の根拠となっている2005年アジアカップ優勝にしても、

優勝それ自体はすばらしいものでしたが準優勝の中国も含めて、W杯のグループリーグを突破できるようなレベルの高いサッカーをやっていたチームは、あの大会に1チームもいなかったということもおぼえておかなければなりません。

 日本サッカー協会は「次回W杯は2002年以上の成績、ベスト8以上が目標」などと言っていたはずですが、今のままのレベルでは日本も2006年ドイツ大会でのグループリーグ突破はかなり厳しいと言わざるを得ません。

本気で前回以上の成績をドイツ大会の目標とするなら、北朝鮮戦や今回のイラン戦のようなクオリティの試合をやって苦戦して「アジアもレベルアップしているから」なんて言い訳をしても、何の意味も無いということを忘れてはならないでしょう。

その意味で言えば、「予選は2位以内に入れば良いんだ」と言っているジーコや”国内組”の選手達が満足しているサッカーのレベルというのは低すぎるのではないかと考えてしまいます。

学校のテストにたとえるなら、”アジア組”で70点とってクラスのトップになったから「俺だってやれる!」とどんなに自信を持っても、最低でも90点とることが必要とされる”W杯ベスト8組”という選抜クラスには入れてもらえないのです。

そして普段70点台しかとったことの無い生徒が、いきなり本番の選抜試験で90点以上とれるのでしょうか?

そう考えてみれば、普段から質の高いサッカーをめざし、アジア予選で高い実力を証明して、本物の自信を積み上げて行くという作業が必要なのではないでしょうか。
  

■勝ち点1を失ったイラン戦 その2

前回のつづき 

 この試合は、北朝鮮戦の福西・遠藤・小笠原各選手から、福西・小野・中田・中村各選手へと中盤を大幅に入れ替えたわけですが、今回の方が攻守にわたって機能していたようでした。

守備では激しいプレスでイランの選手からボールをしばしば奪い、攻撃ではボランチの小野選手が二列目の中田・中村両選手やサイドにボールを供給し、中田選手がボールを受ける動きを盛んにして中盤がよく機能していました。

前回はボランチからトップ下にボールが供給されることがほとんどなかったですから、ずいぶんとよくなったと思います。
 
 最初の失点シーンは、やはり加持選手がネクナムとのフィジカル勝負に負けてしまったというのが大きかったように思います。
しかし加持の責任というよりは、全てをわかった上で彼を起用した人に責任があるとみるべきでしょう。

しかしイランの決勝点、これは加持選手の明らかな、そして初歩的なミスでした。

味方ゴール前で相手のクロスに対処するときは、自分のへそをセンターサークルに向けて周囲をよく見える状態にしておくというのがセオリーですが、

あの場面で加持選手がへそをボールを持つカリミに向けて、ボールウオッチャーになってしまったために自分の背後にいたハシェミアンがまったくみえず、クロスが来てふりかえった時には致命的なマークのズレとなっていたわけです。

 さらにシステムの観点からみると、この試合センターバック(CB)の中澤選手が相手のマークのために外に引きずり出される事が多く、その瞬間に自軍ゴール前にはフィジカルの強いストッパータイプのCBが一人もいないという状況になります。

この失点シーンでもカリミの応対のために中澤が外に引きずり出され、ゴール前の一番危険なゾーンに加持一人になってしまっていました。
途中で中田が「危ない!」と気づきハシェミアンのマークに行ったようでしたが間に合わず、加持のマークミスをつかれてしまいました。

 引き分けで勝ちに等しいこの試合はCBの二枚、特に中澤選手はなるべく中央にいて、アウトサイドの敵はサイドバックかボランチに対応してもらう、

中澤がどうしても中央を空けて外の敵選手へ応対に行かなければならない場合は、福西がCBの位置にはいるなどの判断が不可欠だったように思います。

特に失点シーンは中澤が外につり出された時点で、福西がCBの位置にはいってほしかったです。
彼はもう十分経験があるはずの選手なのですから、誰かに言われなくてもそういった判断ができなければ...

もっと言えば、サイドの2枚は守備が苦手か本職ではない、センターもフィジカルが強いのは中澤だけという4バックを、フィジカルが強いのがわかりきっているイラン戦にもってきたのが果たして正しかったのか、疑問です。

今回の2失点に関して言えば、個人のミスとシステム選択のミスがからみあう複合原因がひきおこしたのではないでしょうか。

 攻撃面では、中盤のパスの組みたてはまずまずだったのですが、問題点としては、シュートの1つ前のプレーにあったように思います。

ペナルティエリア前にある、敵のセンターバックと敵ボランチにかこまれたスペースに張っている味方FWには、当たり前の事ですが狭いスペースしかありません。

当然浮き球を頭や胸で受けてトラップして足元へといった、時間のかかるプレーをすれば、たちまち相手が体を寄せてきて正確なプレーは望めませんが、

時間とスペースの余裕はない味方FWに対して、中田を中心としたMF陣は浮き球のパスをしばしば使っていて、私にはMF陣がFWに球を受けた後どういったプレーをしてもらおうとイメージしているのかが今いちわかりませんでした。

(ペナルティエリア内にいるFWにヘディング・シュートを狙わせる場合は別ですが)

もし浮き球でもグラウンダーでもパスを出せるのであれば、FWがワンタッチで次の動作にはいれるグラウンダーのパスを選択すべきではなかったかと思います。

 またFWにしろMFにしろ相手陣内にはいってから次のプレーへの判断が遅く、球を持ちすぎて相手に体を寄せられ、球を失う事もしばしばでした。

相手はフィジカルが強いのですから、体を寄せられる前にワンタッチでどんどん球をまわしていくべきでしょう。

FWもペナルティエリアにはいったらファーストタッチがシュートになるよう、なるべく意識しないとシュートチャンスを失うばかりです。

攻撃に関してはボールをそこそこキープできましたが、効果的なラストパスやクロスは少なく、そのために質の高いシュートチャンスはもっと少なくなってしまったように思います。

つづく
  

■勝ち点1を失ったイラン戦 その1

 テヘラン・アザディスタジアムで行なわれたイラン対日本戦、皆さんはどのようにみたでしょうか。まず試合を簡単に振り返ってみます。

 日本代表は予想通り、4-4-2と前試合とはシステムを変えて試合にのぞみました。

絶対に勝たなくてはならないイランが序盤から攻勢に出て、日本が我慢するという展開がしばらく続きましたが、日本も落ち着いて反撃し、15分もたつとイランの攻勢が弱まりました。

 しかし、20分すぎに中村選手が負傷して外に出ている間にイランにフリーキックが与えられ、マハダビキアがゴール前にボールをいれると、加持選手がネクナムとの競り合いに負けてつぶれ、こぼれたボールをハシェミアンがシュートし先制ゴール。

このあとは一進一退となり後半へ。

 後半は慎重になったイランに対し、日本がおちついて中盤をつくり反撃します。

 そして20分、中田選手のクロスを柳沢選手が相手と競りながら落とし、これを福西選手が決めて同点ゴール。

このゴールはこぼれ球を予測して走りこんでいた福西の読み勝ちでしたね。すばらしい動きでした。

 これであせったイランが反撃に出るものの、クロス・シュートの精度を欠いてうまくいかず。

 しかし後半30分日本の左サイドに縦パスが出て、それをカリミが受けてドリブル、中澤選手をかわしてセンタリングをあげるとゴール前・中央にいたハシェミアンに、どフリーでまたしても決められ、このあと日本の反撃は空回りとなり、これが決勝点となりました。

2005.3.25 アザディ・スタジアム(テヘラン)

   イラン    2-1    日本

GKミルザプール      GK楢崎
DFゴルモハマディ     DF加持
  レザエイ          宮本
  カエビ           中澤
  ノスラティ         三浦
MFネクナム        MF福西
  カリミ           小野
 →ニクバハト(後半33分) →小笠原(後半34分)
  ザンディ          中田
 →アラビー(後半20分)   中村
FWマハダビキア      FW高原
  ハシェミアン       →大黒(後半37分)
  ダエイ           玉田
 →ナビドキア(前半43分) →柳沢(後半17分)

つづく  
  

■北朝鮮戦をふりかえる

 いよいよイラン戦が25日夜(日本時間)と近づいてきました。
そこで前回の北朝鮮戦をふりかえって、来るべきイラン戦への対策を考えてみたいと思います。

 2月9日に埼玉スタジアムで行なわれた、北朝鮮戦は、試合開始直後の4分、小笠原選手のすばらしい、完璧なフリーキックで日本が先制します。

北朝鮮は国際経験が少ないせいか、雰囲気に飲まれて動揺しているのがはっきりとわかりました。しかし、そのあとがいけません。

 ホームでもあるし日本の流れのうちに積極的に押して、いい時間帯で追加点をとり、たたみ掛けていかなければならなかったのですが、先制点を守ろうという意識があったのか、2ボランチとトップ下の3人を中心にボールを受けるための顔をのぞかせる動きがパッタリ無くなって、マイ・ボールになっても日本はバックラインで横パスをするだけになってしまいます。

パスの出しどころが無いので、攻撃が前線にロングボールを放りこむだけとなり、それをことごとく北朝鮮に拾われてしまいました。

 このために、北朝鮮も「日本もたいしたことないじゃん、俺たちだってやれる!」と自信と落ち着きを取り戻したのか、中盤でのすばやいパス回しで攻撃を組みたてて反撃にでます。

そのうち日本は中盤のプレスの勢いも無くなり防戦一方になってしまいましたが、ジーコは動かず。

 後半が開始されても北朝鮮が攻め、日本が受身になるという流れは変わりません。ハーフタイムでジーコから指示が出なかったのかな?と思っているうちに、北朝鮮の同点ゴール。

これは北朝鮮選手のシュートもよかったのですが、川口選手のミスと言わざるを得ないのではないかと思います。ちょっと厳しい評価かもしれませんが。

日本の右サイドを突破してきた北朝鮮のナム選手に対して、川口選手はニアへのシュートは無いとヤマをかけたのか、センタリングに備えるためにファーポスト側へ重心を移動させた矢先、ニアの低いところへ強烈なシュートが来たため逆をつかれてバランスを失い、足をすべらせていたようでした。

この場合ニアのシュートにもファーのシュート・クロスにも両方対応できるようポジショニングすべきで、どちらかにヤマをかけるべきではないし、それで失点したのならGKの責任では無いと思います。ファーポストに来た場合は特にそうです。 

しかし、ゴールキーパーがニアを空けて抜かれるのは問題。
例えキャッチできなくてもゴールライン外にはじいてコーナーキックに逃れる事も出来るのですから。

もしかしたら川口選手のヤマかけがくせになっていて、イングランドやデンマークのGKコーチの目にはそれが「不安定」と映り、その結果レギュラーとして定着できなかったのかもしれません。

 さて同点ゴールを食らってから、やっと動いたジーコは中村・高原両選手を投入、北朝鮮は攻め疲れのせいか防戦一方に。しかし、日本はなかなか攻撃がうまく行かずロスタイム突入。

そしてロスタイムの1分、右サイドからの何でも無いクロスを北朝鮮のGKがキャッチもできず、信じられないパンチング・ミス。

それを拾った福西選手から大黒選手とボールが渡って、彼の振り向きざまのシュートで決勝ゴール。日本はヒヤヒヤでノルマだった勝ち点3をとりました。

 この試合日本の一番の課題となったのは、リードしてからの消極的試合運びではないでしょうか。

アジアカップのオマーン戦やバーレーン戦でも感じたのですが、このチームはどうもリードしてから消極的・受身になってしまうようです。

ダラダラ一本調子で試合をするのでは無く、流れを読んでこちらに向かってきている時はたたみ掛けて攻撃する、相手の流れの時は根気よく辛抱するというようにメリハリをつける必要があると思います。

 ここらへんは経験豊富な海外組が中盤にはいることで、イラン戦までには問題が解決していることを希望します。

 北朝鮮に関しては、ちまたで「強い強い」という意見がありますが、私には90年代に観たときと大きな変化は感じられませんでした。

確かにショートパスでつくってくる中盤の組みたてはみるべきものがありましたが、敵ゴール前30mにはいってからのアイデア・想像性に乏しいということは昔と変わっていませんでした。

DFラインもやや不安定だし、GKはアジアのトップレベルと比較しても?です。

 今度対戦するイランですが、バーレーン対イラン戦をみたところ、内容はあまりよくありませんでした。

アウェー戦で不利な状況だったことも考慮しなければなりませんが、攻撃はロングの放り込みだけで、カリミはボールの持ちすぎでチームの攻めのリズムを壊し、ザンディも代表に合流したばっかりのせいか連携がサッパリ。

しかし悪いなりにアウェーできっちり勝ち点1をもぎとるのですから、底力は感じました。たぶんホームのテヘランではがらっとかわってイラン本来のサッカーをしてくるのでしょう。

 敵地アザディスタジアムの雰囲気もすごいですよね。
立見もいれると十二万ぐらいは入りそうですし、花火(というか改造されているのでほとんど小型爆弾)がドカーンと炸裂し、上半身素っ裸の男達が集団で両手を自分たちの胸にたたきつけているし。

(これはピッチを走り回って疲労するイランの選手の苦しみを、イラン・サポが分かち合うという意味があるみたいです。本来は暗殺されたイスラム教シーア派の聖人の苦しみを、信者みんなで分かち合うため上半身裸になって、手やくさりで自分の体を打ちつける儀式から来ていると思われます。)

 ともかくこんどのイラン戦は、日本代表に攻撃も守備も気持ちは攻めの姿勢を保つことを忘れて欲しくないと思います。
そうすればおのずと結果がついてくるでしょう。
  

■イランサッカー・基本情報

イラン・イスラム共和国

面積:163.3万k㎡
人口:約7000万人
首都:テヘラン
言語:ペルシャ語
通貨:リアル

・FIFAランキング20位 (日本18位)2005年2月現在

・代表ホームスタジアム

アザディ・スタジアム(テヘラン)十万人収容

・代表ユニホーム(シャツ・パンツ・ソックス)
1st.白・白・白 2nd.緑・白・赤

代表メンバー

GK
ミルザプール   フーラド
ラマティ     セパハン
タレブロ     エステグラル
モハマディ    ペルスポリス
DF
ゴルモハマディ  ペルスポリス
カメリモフラド  フーラド
カゼミ      エステグラル
カエビ      アル・サード(カタール)
レザエイ     メッシーナ(イタリア)
サデギ      エステグラル
コウスフキ    アブー・モスレム
MF
ノスラティ    パス
ザレ       バルグ
ネクナム     パス
ボルハニ     パス
エネヤティ    エステグラル
ナビドキア    ボーフム (ドイツ)
マハダビキア   ハンブルガーSV(ドイツ)
ザンディ     カイザースラウテルン(ドイツ)
ニクバハド    アル・ワスル (UAE)
アラビ      フーラド
ジャバリ     アブー・モスレム
カリミ      アル・アリ(UAE)
FW
アジジ      パス
モバリ      フーラド
ダエイ      サバ・バトリー
カゼミアン    ペルスポリス
ハシェミアン   バイエルンM(ドイツ)


国内リーグ―16チーム 順位は3月10日現在

1.フーラド(アフワーズ)
2.ゾブ・アハン (イスファハン)
3.エステグラル(テヘラン)
4.ペルスポリス(テヘラン)
5.エステグラル(アフワーズ)
6.アブー・モスレム(マシュハド)
7.マラヴァン(アンザイル)
8.パス(テヘラン)
9.サイパ(カラジ)
10.ファジル・セパシ(シラーズ)
11.サバ・バトリー(テヘラン)
12.シャムーシャク(ノシャール)
13.セパハン (イスファハン)
14.バルグ(シラーズ)
15.ペガ・ジラン(ラシト)
16.ペイカン(テヘラン)

クラシコ(伝統の一戦)
ペルスポリス<ピルジイ>(優勝8回)対エステグラル(5回)
  

■第4回spartakの人生を変えたチーム―92年ポーランド代表

 ユーロ92も終わり、世界のサッカー界が’94アメリカW杯に向かって動き出した1992年の晩秋、管理人スパルタクの人生を変える3番目のチームと出会います。
 
 衛星放送がある現在と違い、海外サッカーの試合がめったに観られない鎖国の状態にあった当時の日本で、”出島”の役割を果たしていたのが、TV東京系深夜番組の”ダイナミック・サッカー”だったのは前回お話しました。

 その番組でアメリカW杯ヨーロッパ予選、オランダ対ポーランド戦がとりあげられ、スパルタクは当日ワクワクしながら番組の開始を待っていました。

お目当ては当然、ファン・バステン、ライカールト、クーマンに売出し中の若者ベルカンプがいるオランダでした。しかし番組がはじまってみると私に衝撃を与えたチームはオランダではなかったのです。

 今やシンジ・オノ選手のホームとなったロッテルダムのデカイプ・スタディオンにポーランドをむかえたオランダは、試合が始まるとボールを支配して、先制点を奪うべく激しくポーランドを攻めたてます。
しかし、ポーランドは激しいプレスとかたい守備でオランダに自由にはやらせません。

そして前半19分、ポーランドがプレスからボールを奪うと、スコン・スコーンとグラウンダーのダイレクトパスをつなげ、その間にMFのコズミンスキがオーバーラップして味方FWを抜き去り、押し上げていたオランダの最終ラインを突破にかかると、これまたダイレクトでスルーパスが出ます。

それがコズミンスキにぴたりと合って、あっという間にオランダのGKと1対1、これを彼が落ち着いて決めてポーランド先制。
この間、ポーランドがボールを奪ってからゴールするまで10秒かかっていなかったんじゃないでしょうか。

このポーランドのカウンターのあまりのすばやさ、あまりの巧みさ、そしてあまりの美しさに私、スパルタクはカミナリにうたれたように、しびれてしまいました。

 ホームで思わぬ失点を食らったオランダはあわてて総攻撃をかけます。しかしこれがポーランドの思うツボ。

またもや中盤のプレスでボールを奪ったポーランドはスコン・スコーンとダイレクトパスを2~3本通すと、浅くなっていたオランダの最終ラインの裏に抜け出したFWコバルチクにスルーパスが見事に通り、高速ドリブルでオランダゴールへ一直線。
コバルチクが難なくボールをゴールに流し込んでポーランドが2-0とします。

ポーランドのナイフのように鋭いカウンターに、もうスパルタクはシビレまくりです!

 しかし前半終了間際ホームタウン・デシジョンぎみの、ポーランドにはかわいそうなPKをとられ、これをファン・フォッセンが決めて、オランダが追いすがります。

 後半が始まると1点返したオランダが落ち着きを取り戻していて、ゲームを支配。3分にまたもやファン・フォッセンに決められ同点に。
このあとはオランダの攻撃をポーランドがしぶとく耐えて、結局2-2の引き分けに終わりました。

 どちらかというと遅攻が多い南米サッカーの影響でしょうか、昔から日本にはどうもカウンターをちょっとバカにしたところがありました。

確かに当時のアジアで主流のスタイルだった、DFラインからロングボールを前線に放りこんで「そら走れ!」みたいな、FWの個人能力と偶然だけに頼ったカウンターには魅力を感じませんが、ポーランドのカウンターは違いました。

中盤で味方がプレスをかけているときに、2トップとトップ下の最低3人は、その局面で常にボールを奪った後の事を計算しながら、ポジショニングを修正していました。だからこそダイレクトパスが面白いようにつながるのです。 

そしてボールを奪うと、ものすごく強くて速いダイレクトパスが出るのですが、強いボールが来てそれをノー・トラップで、しかもボールが浮かないようにグラウンダーでダイレクト・パスするのですから、正確な技術が要求されるはずです。

そしてパスが次の選手に渡る前に、後ろの選手がオーバーラップしてパスを受けた選手を追い越して、敵ディフェンスの薄い方へ薄い方へとしかける動きが、スムースに連続してゆくさまは、まったく美しいの一言です。

 100%主観的ですが、これまでスパルタクが観てきたなかでは「世界で最も美しいカウンター・アタック」と断言します。

94年W杯の優勝候補と言われたコロンビア・アルゼンチンを破った、ハジ・ラドチオウ・ドミトレスクの3人が織り成す、カウンターアタックも美しかった。

第三位は90年代後半のシェフチェンコ・レブロフがいて名将ロバノフスキーがひきいるディナモ・キエフでしょうか。
こうしてみると東欧は美しいカウンターの産地なんですかね。

 ともかく92年のポーランド代表に出会えたのは私の人生にとって大変なラッキーでした。(なんでビデオにとっておかなかったんだろう!)

そしてドイツやイタリア、オランダなどのW杯常連のビッグネームとは違って、ポーランドのようなW杯にたまにしか出場できない欧州の中堅どころでも、こんなにすばらしく美しいサッカーをみせてくれ、選手もサッカーを知り尽くしているということに感動した私は、「ヨーロッパ恐るべし!」と思うのでした。
(逆に2002年W杯のポーランドはその没落ぶりがちょっと悲しかったです。)

 余談ですが、もし私がサッカークラブのオーナーになったら、好みの監督と好みの選手を集めて、世界で最も美しいカウンター・アタックをやらせます。

そして私は自分のサッカー専用スタジアムのVIP席でそれを眺めてシビレたいものです。

ゴール裏のクルヴァ席にはウルトラ達がいて、「スパルタクオーナー、金は出しても口出すな!」なんて横断幕を出されて。
そんな夢、一生かなわないだろうなァ~。

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1992.10.14 デカイプ・スタディオン(ロッテルダム)
W杯ヨーロッパ予選  
   オランダ  2-2   ポーランド

GK メンゾ       GK バコ
   クーマン         アダムチュク
   ファン・アーレ      スヴチュク
   ヴィチュへ        ブルゼツェク
   ヨンク          チャチョウスキ
   ヌマン          コズミンスキ
   ライカールト       レシャク
   ファン・フォッセン    ヴァルジチャ
   ヴォータース       ジオベル
   ベルカンプ        コセツキ
   ファン・バステン     コバルチク

アメリカW杯・欧州予選2組

1 ノルウェー 本大会へ
2 オランダ  本大会へ
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3 イングランド
4 ポーランド
5 トルコ
6 サンマリノ 
  

■第3回spartakの人生を変えたチーム―1992年ドイツ代表

 前回は、五輪代表が1992年バルセロナ大会予選でやぶれ、横山総監督が辞任したところまでお話しました。

後任には、皆さんご存じのマリウス・ヨハン・オフトが就任し、あらたに日本代表は”オフト・ジャパン”として活動を再開。

代表のユニもそれまでの1st赤一色・2nd青一色から、シャツ・パンツ・ソックスの順で、1stは青・白・青、2ndが白・青・白という、現在のものに一新されました。

そしてこの92年に管理人スパルタクのサッカー観を変える2番目のチームと出会います。

 この当時、テレビ東京系列で”ダイナミック・サッカー”という深夜番組がやっていました。
数少ないサッカー中継、それも海外のサッカーが観られる貴重な番組として、毎週かかさず観るようになっていました。

久保田アナの実況はよかったですね。選手の名前をしょっちゅう間違えたり、意味も無く「負けられない」を連発するような実力の無いアナには是非見習って欲しいものです。

 この年の6月にはヨーロッパ選手権”ユーロ92”があり、この番組でもとりあげられました。

出場チームは、開催国スウェーデンに前回優勝のオランダ、ドイツ、イングランド、フランス、スコットランド、CIS(旧ソ連)に、内戦による制裁でユーゴスラビアが出場停止となった代わりとしてのデンマークの8ヶ国でした。現在のユーロと比べると当時はまだ、大会がこじんまりとしていました。

ブロリンが活躍した新興国スウェーデン、フリット・ライカールト・ファンバステン擁するオランダ、リネカーがひっぱる古豪イングランド、パパン・カントナのフランスもよかったのですが、スパルタクの目がくぎ付けになったのはドイツでした。

 ドイツはクリンスマン、リードレ、ヘスラー、ブッフバルトらがいたチームでした。

ボールを持つ選手を的確にサポートし、ワンツーを使い、戦術的に特別難しい事はせず、基礎的なことの積み重ねしかしないのですが、組織的にボールがきれいに、なめらかにつながってゆくのです。

ボールがつながらないのが当たり前の日本のサッカーを見慣れていた私には、まるで別のスポーツをみているようで、「ドイツ代表は華麗だ」と思ったものです。今から振り返ると「ドイツを華麗と感じるなんて」と笑ってしまいますが。

選手個々ではカールハインツ・リードレの打点の高いヘッドもよかったですし、ユルゲン・クリンスマンのダイビング・ヘッドもカッコ良かった!

 当時の日本のサッカー小僧たちの大部分は、マラドーナにあこがれて南米サッカーにハマっていったのではないかと思うのですが、私はドイツとの出会いで、どちらかというとヨーロッパサッカーへと傾倒していきました。

(もちろん南米サッカーが嫌いというわけではありません。サンパウロ州選手権やリベルタドーレス杯は良く観てましたし。最近では、古き良き南米スタイルが観られなくなってさびしさを感じますね)

 決勝はドイツと旋風をまきおこしたデンマークの顔合わせとなり、勢いに乗るデンマークがドイツを2-0と下し、初優勝を果たしました。

開催地のスウェーデンのとなりという事もあって、フェリーに乗ってデンマークの大応援団がやって来たので、スタンドはデンマークのサポで真っ赤だったのが印象的でした。

 さて日本代表のほうは、オフトが”トライアングル”・”アイコンタクト”などをキーワードにヨーロッパ的な組織サッカーを導入し、ちゃくちゃくと成果をあげます。

まず8月の北京で行なわれた東アジア4ヶ国対抗のダイナスティ・カップは、決勝で韓国をPK戦で下し、初優勝。

11月に広島で開催されたアジア・カップは、イラン・UAE・北朝鮮のグループを首位で突破し、準決勝は中国を3-2、決勝でサウジを1-0と下し初優勝しました。

当時は、中東にしろ中国・韓国にしろDFからロングボールを放りこんで、FWの個人能力で勝負させるというサッカースタイルがアジアの主流でしたから、オフトジャパンの組織サッカーはアジアに新風を巻き起こしたと思います。

スパルタクも日本代表の成長が実感でき、勝つ喜びを覚え、観ていて楽しいサッカーでした。

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1992.6.26 ウレビスタジアム―イエテボリ(スウェーデン)

ユーロ92決勝
ドイツ0-2デンマーク

ドイツ代表スタメン

GKイルグナー
  ヘルマー
  ロイター
  ブッフバルト
  コーラー
  ブレーメ
  ザマー
  へスラー
  エッフェンベルク
  リードレ
  クリンスマン
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■第2回 日本サッカー、その後

 北京アジア大会の翌年・1991年に行なわれたキリンカップで日本代表は、ブラジルのバスコ・ダ・ガマ、イングランドのトットナムなどを撃破し、優勝をかざります。
しかしそれはあくまでもクラブ相手の親善大会。

 91年の日本サッカー界の関心事は92年バルセロナオリンピック・アジア予選をいかに勝ちぬき、久しぶりの五輪本大会出場をゲットするかにありました。

香港・インドネシア・台湾を相手にした、1次予選を5勝1敗できりぬけた日本五輪代表は、カタール・クウェート・バーレーン・中国・韓国とともにアジア最終予選へと進出しました。
最終予選は6チーム中、上位3チームが勝ち抜けです。

 ここで日本サッカー協会は不可解な手を打ちます。
1次予選を突破した山口監督をひっこめて、A代表の監督だった横山氏を五輪代表総監督にすえたのです。

 翌1992年1月、マレーシア・クアラルンプールのムルデカ・スタジアムでバルセロナ五輪・アジア最終予選が開幕しました。(集中開催)

 初戦の相手は中国でした。めずらしく深夜のNHKで中継がありスパルタクはTVにかじりつきました。
前半19分さらにめずらしいことに、日本が原田のゴールで先制しました。

しかし20分をすぎると、冬とはいえ真夏のような蒸し暑さのマレーシアの気候に、日本の選手の足がパッタリ止まり、ボールを持つ選手以外はほとんどが歩いているしまつで、いったん攻めあがるとなかなか自陣に戻れません。

中国人選手のフィジカルの強さに当り負けしてボールをキープできず、ムルデカスタジアムの深い芝に日本の選手の弱々しいパスはまったく通らず、攻撃の形もなかなかできません。

中国は身長190cmクラスのFWにひたすらロングボールをけりこむ、中国お得意のスタイルで押しこみ、日本は防戦ぎみに。
そして前半終了まぎわにとうとう追いつかれ、後半へ。

 後半も苦しい展開は変わらず、スタミナ切れの日本の選手の足は止まったまま。ついに中国に決勝点を決められ、1-2で初戦を落としてしまいます。

 第2戦のクウェート戦は健闘して1-1の引き分け。(新聞で知る)
第3戦の相手は当時はまだ中東の弱小国だったバーレーンで、三浦文丈のハットトリックを含む大量6得点で、6-1と快勝。スパルタクは初めて五輪代表が勝った試合を観る事が出来ました。

しかし第4戦の韓国戦を0-1で落とし、最終戦に望みを託しましたが、カタールに0-1とまたもや敗戦。(両方とも新聞で知る)
6チーム中5位で五輪行きはならず、横山総監督は責任をとって辞任しました。
(バルセロナ五輪出場はカタール・クウェート・韓国)

 当時の五輪代表は、沢登正朗、三浦文丈、永井秀樹、名良橋晃、名波浩らJリーグ第一世代の主力となる選手達がせいぞろいしていたチームでしたが、フィジカルが決定的に弱く中東諸国や中国・韓国相手に当り負けする・90分走るスタミナが無いなど、サッカー以前に問題を抱えていました。

それでもスパルタクの日本サッカーを応援する気力だけは高まっていきました。

1992.1.19 クアラルンプール、ムルデカ・スタジアム

日本1-2中国

日本のスタメン

GK 下川健一
DF 石川康
   小村徳男
   名塚善寛
MF 永山邦夫
   原田武男
   高田昌明
   名良橋晃
   永井秀樹
FW 神野卓哉
   沢登正朗

  

■イラン戦・バーレーン戦の日本代表メンバー発表!!

日本代表召集メンバー

GK 土肥 洋一 FC東京
   楢崎 正剛 名古屋
   曽ケ端 準 鹿 島

DF 三浦 淳宏 神 戸
   茶野 隆行 磐 田
   宮本 恒靖 G大阪
   松田 直樹 横浜M
   中沢 佑ニ 横浜M
   坪井 慶介 浦 和
   加地  亮 FC東京
   田中  誠 磐 田
   三 都 主 浦 和

MF 藤田 俊哉 磐 田
   福西 崇史 磐 田
   中田 英寿 フィオレンティナ
   中村 俊輔 レッジーナ
   小笠原満男 鹿 島
   本山 雅志 鹿 島
   中田 浩二 マルセイユ
   稲本 潤一 カーディフ
   小野 伸二 フェイエノールト
   遠藤 保仁 G大阪

FW 鈴木 隆行  鹿 島
   高原 直泰  ハンブルガーSV
   玉田 圭司  柏
   大黒 将志  G大阪

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 いよいよ発表されました、代表召集メンバー。
みなさんのごひいき選手は選ばれているでしょうか?

 GKはけがの川口に代わって曽ケ端がはいりました。
本番は楢崎で行くのでしょうか?でも最近ちょっと安定性がないですよね。

DFは三都主がイラン戦は出場停止なので、三浦でいくのでしょうが、CBの田中の代役は誰かな?
ジーコのごひいきは坪井なのでしょうが、どうも不安定なんですよね。
川崎対浦和戦を観てましたが、川崎のブラジル人FWにやられて危ないシーンの連続でした。

MF陣は、北朝鮮戦で福西・遠藤の2人が攻撃の基点としてまったく機能しなかったことを考えれば、ちょっと手を入れて欲しいところ。

FW陣はジーコの性格からして鈴木と高原で固定でしょうかね。

 しかし今回も海外組との練習時間があまり取れないようです。
コンビネーションの事を考えれば、これはちょっと心配です。

以前から私は「日本はオーストラリアのようになってしまうのでは?」という懸念を持っています。

オーストラリアは、キューエルやビドゥカに代表されるようなすごいメンバーを擁しながらW杯には出られないんですよね。

 その原因はやっぱり海外組が代表になかなかそろわず、チームとしての熟成度が不足するからではないでしょうか。

オセアニアネーションズカップも国内組で出るのが恒例になってますし、(それでも充分優勝可能)代表として活動する時間が短すぎるような気がします。

海外組がやっと呼ばれるのはW杯最終予選プレーオフで、アジアや南米とあたるとき。

で、コンビネーションが不足しているせいか、いいメンツをそろえているにもかかわらず、プレーオフに負けてW杯出場を逃してしまう。

日本もこんなふうにならないことを祈ります。
  

■第1回 spartakの人生を変えたチーム―1990年日本代表

 このシリーズでは、管理人spartakの人生を変えたチームとの出会いを振り返ってみたいと思います。

spartakとサッカーとの出会いは、1990年9月28日の夜7時ごろのことでした。

その日私は、「なんか面白いTVやってね~かな~」と思いながら、リモコンをバチバチと押してまして、NHK教育(うろ覚え)をつけたところ、ちょうどサッカーの試合が始まるところでした。

「ひまだし、ちょっと観てみるか」という軽い気持ちから、試合を観てみることにしました。

 その試合とは、北京アジア大会のグループリーグ戦、日本対サウジアラビアでした。

TVの解説者やアナウンサーによれば、「ブラジルでプロ選手として活躍し、日本に帰ってきた三浦という選手が期待できる」とか言っていて、サッカーをまるで知らなかった当時のspartakも、ブラジルはサッカーが強いことだけは知っていたので、期待する事にしました。

その他のスタメン表をみると、なんとラモスとかいうブラジル人まで帰化させているではありませんか!

「サウジのサッカーなんて聞いたこと無いし、三浦選手に加えてブラジル人まで帰化させるなんて手を使って、これで日本が勝てなかったらウソだ。」とサッカーをまるで知らなかった当時の私は、本気でそう思っていたのです。

 ところがいざ試合が始まってみると、素人でもわかりました。サウジの方が強いということが。

サウジの選手のプレスにはねとばされて、日本の選手はボールがまったくキープできません。しかもパスが弱く不正確で、ぜんぜんボールがつながりません。

サウジの選手のスピードとテクニックに日本の守備陣がほんろうされるばかりとなり、結局0-2の完敗でした。

 私は「うわ~日本って、弱っ!!」と思いつつも、「こうなったら、サッカー日本代表を応援しなくては!」と強く決意?したのです。

これが私とサッカーとの出会い、私をサッカーにのめり込ませるきっかけでして、1990年の日本代表が私の人生を変えた最初のチームとなりました。

1990.9.28 北京

日本0-2サウジアラビア

日本のスタメン 

GK森下 堀池 信藤 井原 佐々木 柱谷哲 長谷川健 福田 ラモス 三浦 武田

監督 横山 

 その後1勝1敗の2位でグループリーグを突破したものの、決勝トーナメント1回戦のイラン戦に0-1で敗れ、日本は敗退となりました。

この結果は新聞で知りました。そのころは日本代表の試合でさえTV中継が少なく、全試合中継がある今となっては考えられません。

そういえばこの時の日本代表ユニホームは、(シャツ・パンツ・ソックスの順で)1stが赤・赤・赤、2ndが青・青・青でした。
これもなつかしいですね(笑)
  

■A3は必要?

A3(東アジアクラブ選手権)結果
     勝 分 負 勝点
1 三星 2 1 0 7
2 浦項 1 2 0 5
3 横浜 1 1 1 4
4深セン 0 0 3 0

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 AFCチャンピオンズリーグ(以下ACLと略します)に関連した話題として、2月末にはA3があったわけですが、スパルタクはこの大会をやる意味がわかりません。

ACLがあってアジアNo.1を決めようとしているのに、なぜいまさら東アジアNo.1を決める必要があるのでしょう?

ACLという屋根があって雨が防げているのに、その下にA3という屋根を新しく作った意味がわかりません。

 今年で三年目で日本・中国・韓国と開催地がひとめぐりしましたが、どこもスタンドはがらがら。

過密日程に拍車がかかり、「A3は罰ゲーム」と言われる始末。
今回のチェジュ・スタジアムのスタンドにはマリノスの主力選手がずらりと並んで試合を見ている姿がTVに映されていました。

東アジアサッカー協会のおエラがたを除いて、ファンも選手もクラブもA3を望んでいるとは思えません。

東アジアのクラブ国際試合は、ACLのグループリーグ・東アジアブロック戦で盛り上げるとして、

ちょうど開催地がひとめぐりした事ですし、A3は、いったん廃止すべきではないでしょうか?

A3は、もし必要となるなら将来的に復活させるとして、今は決して興行的にうまく行っているとは言えない、ACLの盛り上げに力を集中すべきではないかと考えるのですが、みなさんはどう思われますか?



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■アジアチャンピオンズリーグ Jクラブの試合結果

3月9日(水)

グループF
横浜0-1山東(中国) 
BEC(タイ)0-1PSM(インドネシア)

グループE
深セン(中国)1-0磐田
ホアンアンジャライ(ベトナム)1-5三星(韓国)

左がホームチーム

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 われらがアジア(AFC)のチャンピオンズリーグも開幕しましたが、ホントにJのクラブはアジアで勝てませんね。

 試合は観れなかったんですが(中継さえ無かった?)
昨年パッとしなかった磐田はともかくとしても、J1チャンピオンチームの横浜がホームで簡単に負けてしまってはいけません。

ちなみに横浜マリノスの親会社・日産は、フランスの自動車会社ルノーと関係が深いですが、今回のマリノスの対戦相手の山東の親会社は、ルノーと中国企業の合弁会社のはずで、横浜対山東は、くしくも”ルノー・ダービー”だったわけですね。話が脱線しました。

 Jクラブのアジアでの戦いは、AFCチャンピオンズリーグがまだアジアクラブ選手権・アジアカップウイナーズカップ・アジアスーパーカップと呼ばれたころからチェックしていましたが、磐田がアジアNo1になったのは素晴らしかったですが、それ以外はパッとしないんですよね。その理由としては、

「1試合やるごとに百万円前後赤字が出る」とひそかに言われている、アジアでの国際試合をJクラブの多くが軽視していて(まあ当然と言えば当然)、特にアウェー戦はサテライトの選手を送って、あっけなく負けていたというのが一点。

選手が倒れれば何でもファールをとってくれるJの審判と違って、AFCの国際審判はファールくさい激しいプレーでも流す。
結果として普段審判に保護されているJの選手は、中東や中国・韓国の選手とフィジカル面で当り負けして、普段みたいな中盤の組み立てが出来なくなるのが一点。

Jリーグでは、自軍ゴール前でのマークがルーズなことが多く、人は足りているのにみんながボールウオッチャ-になってしまい、敵の危険な選手を誰もみていない事が多い。
でもJのほとんどのチームがそうだからなかなか修正されない。
ところがアジアの別の国のクラブとやると、この弱点を簡単につかれてしまい、ノーマークの敵に強烈なヘッドを浴びて負けるというのが最後の一点。

細かいところをあげればもう何点かありますが、この三点が今までJクラブがアジアで勝てなかった大きな原因だったとスパルタクは考えます。

 横浜の試合は観る事が出来ませんでしたが、最初の一点はともかくとしても、後の二点が敗北の原因じゃないかと推測します。

つまり当りの強い山東のプレスに中盤の組みたてがうまくいかず、苦しんでいる内にセットプレーから山東のヘッドを浴びて失点、そのまま敗戦というありがちなパターン。

 スパルタクは、サッカーに必要とされる要素として個のフィジカル・技術・判断力と、チームとしての組織力の4点を挙げます。

しかし日本サッカー界は、「技術が高ければなんでもできる」といった感じで、技術への崇拝があまりにも強すぎる気がします。

それがJクラブのアジアにおける不振につながっているのではないでしょうか?
  

■チャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦

2005年3月8日(火)
チェルシー 4-2バルセロナ(アグリゲートスコア5-4でチェルシーが勝ちぬけ)
リヨン7-2ブレーメン(10-2でリヨン)
ミラン1-0マンチェスター・ユナイテッド(2-0でミラン)

3月9日(水)
アーセナル1-0バイエルン・ミュンヘン(2-3でバイエルン)
ユベントス1-0レアル・マドリー(1-1 延長1-0でユベントス)
レバークーゼン1-3リバプール(2-6でリバプール)
モナコ0-3PSV (0-3でPSV)

左側がホーム インテル-FCポルトは15日

----------------------------------------

 1回戦から、すごいカード目白押しでした。

 管理人のスパルタクがTVで試合を観る事ができたのは、スタンフォードブリッジでのチェルシー対バルセロナ。この試合は壮絶な”殴り合い”でした。

 まず、すべった?ようにみえたバルサのシャビからボールを奪っての、すばやいカウンターから、アイスランド代表・グジョンセンのゴールでチェルシーが先制。

その後立て続けにチェルシーが加点。前半20分もたたないうちにチェルシーの3-0。

 しかし不運なPKをパウロ・フェレイラが献上すると、バルサのロナウジーニョが決めて3-1。これでゲームの流れがちょっと変わりました。

そして38分、チェルシーのゴール前で相手選手に囲まれながら、ロナウジーニョがノーステップの芸術的なシュートで3-2、これでバルサが勝ちぬけの権利をいったん手中にして後半へ。

 後半は一転して、両チームの一進一退となる展開。
そして後半の31分、コーナーからチェルシーのキャプテン・テリーのヘッドが決まって4-2で、立場が逆転。

ついにバルサは追いつけず試合終了。

 スパルタクは、どちらを応援するでもなくニュートラルで観ておりました。
で、両チームとも、ゴール前でヘッドを狙う敵選手をフリーにしすぎていた点が気になりましたが、それを割り引いても心が豊かになるような良い試合で、楽しめました。(バルサ・ウルトラの皆さんごめんなさい。でもロナウジーニョのあのゴールをみれただけでも試合を観る価値があったのではないでしょうか?)

しかし、チェルシーのモウリーニョ監督のガッツポーズはいいです。

あと、TV解説が清水氏とダバディー氏だったと思いますが、個人的には、このコンビだといいですね。どうも風○氏とダバディー氏の組み合わせは、かみ合っていないというか折り合いが悪いというか...

 つづいて管理人スパルタクが気になる試合はユーべ対レアルであります。スパルタクが元ユベンティーノという単純な理由からですが。

この試合はダイジェストで観ましたが、サラジェタがけっこうはずしてました。後半トレゼゲのすばらしいゴールでニ試合合計1-1とユーべ追いつきました。

そして延長戦、レアルゴール前にはいったボールをレアルのラウル・ブラボがクリアミス、それをやっっっとサラジェタが決めてユーべがニ回戦進出です。(レアル・ウルトラの皆さんごめんなさい)

というわけで、インテル-ポルトの結果が出ていませんがニ回戦はどうなりますやら。
  

■”ワールドフットボールバランス”について

 当ブログで発表している”ワールド・フットボール・バランスby国際サッカー戦略研究所”は、管理人スパルタクが過去十年ぐらいに渡って蓄積した、データをもとに作製した各国A代表のみの格付けです。
(五輪・ユース・クラブは関係ありません)

点数積み上げ方式のFIFAランキングだと、自分より少し弱いところを選んで試合をして連勝を続ければランキングがとんでもなくあがってしまうのではないか、

逆にどんなに実力があっても試合をしなければランクが下がるという問題があるのではないか、

ちょっとずつ実力が違う国が100あったら、レベルはほとんど同じなのに、1位から100位まで差がついてしまうのではないか、

といった具合にFIFAランクに疑問を感じた私は、独自の方法でランキングを出してみることにしました。

 当ランキングは、まず順位づけをするのではなく、各国をほぼ同じ実力のグループごとにわけ、AAA・AA・A・BB・B・CC・C・DD・D・EE・Eの11段階の格付けとしました。

各ランクの実力差は同ランク同士の対戦では、ホーム1勝・アウェー1敗、(たとえばAランクのX国と同じAランクのY国が戦った場合、XのホームでX2-0Y、YのホームでY2-1X。この場合得失点差が両国の実力差となる) 

1ランク違うと上のチームから見てホーム1勝・アウェー引き分け
(たとえばAランクのX国とBBランクのY国の対戦の場合、XのホームでX3-1Y、YホームでY1-1X)

2ランク違うと上のチームから見てホーム・アウェーともに勝利(たとえばAランクのX国とBランクのY国が対戦した場合、XのホームでX3-0Y、YホームでY0-1X)

を想定しています。
各国の国名の前につくプラス・マイナス記号は昇格気配、降格気配を表しています。

 各試合では、開催地(ホーム・アウェー・中立地)、勝ち・引き分け・負け、(90分で勝負がつかない場合、延長・PKによる勝ち負けは全て引き分けと評価)勝敗がついた場合、何点とったかとられたかが評価されて、各国のポイントを加減し格付けが上下します。

 また評価対象となる試合は、W杯の本大会とその地区予選、各大陸カップ(アジアカップ、ユーロ、アフリカネーションズカップ、北中米カリブゴールドカップ、コパアメリカ、オセアニアネーションズカップ等)の本大会とそれぞれの予選の各試合となります。

代表のフル・メンバーがそろわず、モチベーションが一定しない単発の親善マッチ、親善大会は評価から除外します。

 当ランキングは何回W杯に優勝したかといった過去の実績は評価しません。あくまでもランキングの日付現在の格付けであり、また遠い将来の試合結果を正確に予測するためのものでもありません。

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